使えない添加物を〝使っていない〟とアピール
もう一つ、広報誌の記事には重大な問題がありました。トマトケチャップ製造に使える添加物は酸味料、調味料、糊料等で、保存料や着色料は使用を認められていません。これらは、食品衛生法や景品表示法に基づく公正競争規約、食品表示法に基づく食品表示基準でも規定されています。しかし、農水省は「保存料や着色料などの食品添加物を一切使わない安心安全なケチャップ」という生産者のコメントを掲載しました。
また、トマトジュースは製造に添加物を使ってはならず、食塩を加えることのみ許されています。
にもかかわらず、トマトジュースについて「塩や保存料の添加も一切ありません」という生産者のコメントを紹介するだけでなく、別の製品の紹介記事も「うま味を最大限に活かすため、塩ひとつまみ以外は無添加」と書いていました。
消費者庁のガイドラインの対象は「使用を認められていない添加物を、使っていないと表示する」手法も、消費者の誤認をまねくおそれがあり食品表示基準違反の可能性がある類型として示しています。
ちなみに、消費者庁のガイドラインの対象は食品の容器包装の表示です。ウェブサイトや広告などの表現は対象外。そのためか、大手ケチャップメーカーもウェブサイトでは「着色料、保存料は使っていません」と説明しています。
今回の広報誌の記述が直接的にこのガイドライン、食品表示基準に抵触することはありません。ただし、製造加工し販売する側は、公正競争規約や消費者庁のガイドライン等を知っておく必要があります。
広報誌で紹介されていた生産者の方々は、詳しいことを知らなかったのでしょう。だからこそ、取材した側が「これは問題視する人もいるかもしれません」と教えてあげるべきでした。なのに、農水省が自ら、誤認の拡散に一役買ってしまったのです。
実は、農業生産者を取材すると、こういうことがよくあります。なんとか売りたい、自分たちが一所懸命作ったものだからよいものにきまっている、という気持ちが先走り、ルールを守っていない例が少なくありません。農水省は都道府県の農政部局と共に生産者に詳しい情報を提供し指導をしてゆかなければならないのに……。
農水省には、正しい情報発信と生産者へ指導する責任がある
これが、私が見た今回の顛末です。広報誌は何人もの職員が目を通しチェックしたはずです。しかし、誰も無添加や安全安心の記述の複雑な問題点に気づかなかった。そこが、農水省の深刻な現状を示しているのです。
実は、私は農水省の広報誌あふの2017年5月号を批判したことがあります。科学的でない記述が満載の冊子になっていて、農薬を危険視するような文章もあり、農水省自らこれを言いますか? とさすがに笑ってしまいました。無添加ソーセージも安心安全という言葉と共に紹介されていました。
この号は私の指摘をきっかけに省内でも問題になったと聞きました。広報誌を担当する職員が「今後は気をつけます」と言ってくれたのですが、また、同じような内容の問題が起きました。
今回の広報誌修正も、「(注)本記事の一部について、2022年8月12日に修正」としか記されておらず、なぜ修正したのかの説明がどこにもないことが気になります。これでは、読者には意味がわかりません。農水省の広報誌なのだから省内の職員、生産者、農業関係者の目に触れることも多いでしょうに、今後の誤認を防ぐよい機会が失われました。
ということは、農水省は、リスクアナリシスや表示ルールを逸脱するこうしたミスを、深刻にはとらえていないのかもしれません。だから何度でも繰り返す。生産者の思い込み・知識不足を解消しようとはしない。でもその姿勢は、結果的に消費者をだますことにつながりかねない、と私は思うのです。