2024年6月16日(日)

田部康喜のTV読本

2022年10月6日

 ECMOを装着したまま、帝王切開による出産の方針が固まった。大量出血のおそれもあった。「母の容態を知って、胎児が動きだしたのかもしれない」と、医療チームはみる。

 生まれた女の子は、蘇生術が試みられて、命を取りとめた。妊娠7カ月での子どもの体重は933グラムだった。母親の坂本さんも生きた。

 「ひとつの奇跡ではなく、いくつもの奇跡が重なって、赤ちゃんは感染もしなかった」と、藤谷医師は驚きを隠せない。

 しかし、母親の坂本さんの意識はない状態で、1カ月以上も深刻な状態が続いた。あらゆる治療が試みられた。

 「腹臥(ふくが)位療法」は、からだの向きを変えることによって、肺の位置を変える。医師も、看護師も意識のない坂本さんに声をかける。藤谷医師はいう。「自分で治癒する能力を待っている。回復するのを待っているんです」と。

 看護師の提案で、坂本さんのベッドの上部の空間に夫の写真をつるすような形で見えるようにした。「今は、もうろうとして、違う世界にいるので現実の世界に引き戻す。家族の力、一緒に頑張っていこうということを、本人にも医療従事者みんなで協力しているんです」

 坂本さんは、昨年11月に危機を脱した。ECMOを装着しているために、言葉がだせないので、スマートフォンで文章を綴って、スタッフにみせるようにもなった。

 「旦那さんにも、私がこんなになっちゃって申し訳ない。みんなに心配&迷惑をかけてわたしは、まだ結婚したばかり。あまりまだ新婚生活をたのしめていない」

わが子に見せた奇跡

 坂本さんは、陰性になったが、容体の回復がなかなか進まない。医療チームは、自分の自己呼吸を出せるようにしようと治療を続けていた。しかし、検査の結果、波状攻撃のような合併症が次々に襲ってきた。

 新型コロナの場合によくある合併症ではあるが、肺に穴があき、心臓付近に血の塊ができた。血栓を除去し、肺の治療を続ける。

 看護師のアイデアで、坂本さんにグローブのような補助用具をつけて、わが子に触ってもらうことになった。

 吉川晃司のナレーションンの抑制された表現がとてもよい。

 「まだ、一度もあえていないわが子にふれさせたいと」

 その瞬間にも、筆者は「奇跡」を感じた。

 泣いていた赤ちゃんが、グローブのような器具越しでも、坂本さんがなでると泣き止んだのだった。今年1月、出産から4カ月、娘は坂本さんよりも早く退院を果たした。体重は3500グラム、坂本さんは初めて、直に娘をなでた。わずか20分の再会だった。

 坂本さんからECMOが外されたのは、入院から半年。今年6月に退院するまで、9カ月半の時間が経過していた。


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