2023年1月30日(月)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年12月14日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 新型コロナウイルスの感染症法上の分類を危険度が2番目に高い「2類」相当から、季節性インフルエンザと同じ「5類」へと引き下げる議論が政府中心になされている。中国・武漢で最初の感染者が発症したとされる日からすでに3年。分類を2類から引き下げる必要性は、日本での感染拡大初期段階に医療現場から聞こえていた。なぜ、日本は感染対策を転換できないのか。その要因や続けることへの弊害を医療、政治、経済から検証した。
新型コロナの「出口戦略」へ、岸田首相のリーダーシップが求められる(代表撮影/ロイター/アフロ)

 日本では、新型コロナウィルスに関する、感染症法上の扱いの見直しに向けた議論が始まったようだ。感染拡大以来の現在まで新型コロナは「2類相当」とされているが、季節性インフルエンザと同じ「5類」への引き下げを含めた議論が動き出した。

 そもそも2類相当か、5類かという区分だが、確かに感染症に関しては感染症法を根拠に国の政策が実施されるというのは、法治国家として、法秩序、社会的な納得性、予算の根拠として理解できる。だが、今回の新型コロナは、社会的、経済的なインパクトという面では、人類史に永遠に残る深刻さを与えている。

 この点から考えると、そもそも2類か5類かなどという「既存の枠組み」に合わせて「どちらにしようか」などと右往左往するのは不毛な議論と思える。新型コロナという未曾有の巨大な災害からの「出口」を模索する上では、この時期にしっかり対策の再点検をして「コロナの出口戦略」に相応しい対応に変えるべきだ。

変わるべき医療体制

 まず、2類か5類か、あるいは現行の2類相当かという問題について、主な4つの分野に分けて考えてみたい。

 1番目は行動制限である。重症急性呼吸器症候群(SARS)など2類の場合は地方自治体が「就業制限」や「入院勧告」を取れる。一方で5類の場合はそのような措置は取れない。そんな中で、新型コロナの場合は「新型インフルエンザ等感染症」という法律の枠組みを使った「2類相当」として「外出自粛要請、緊急事態宣言」が可能となっている。

 現在の日本は、ワクチン接種が特に3回目以降で進まず、児童生徒の接種も進んでいない。一方で、欧米より厳しい感染対策の結果、罹患による抗体獲得者も中途半端である。

 そんな中で、オミクロンのBA4/5から1.1と感染力の強い変異株が市中に流行しつつ、「治療薬」の実用化で重症化を抑制するという状況だ。ワクチン接種率は、やや物足りないので改めて普及への一押しが欲しいところだ。

 こうした状況を踏まえつつ、徐々に行動制限を緩和し、外国人観光客を入れて、一種の「ウィズコロナ」に進んでいると言える。この動きを動揺させることなく、世論を順次「出口」へと誘導するには、確かに「2類」や「2類相当」は過剰であろう。これを緩和するのは当然と思われる。


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