矯正医官の目からみる「日本社会」
テレビのコメンテーターとしても活躍するおおたわ史絵氏が著した本業の「矯正医官」の話が『プリズン・ドクター』(新潮新書)である。本書を読むまで、著者が「塀の中」で働く医師であることを寡聞にして知らなかった。それゆえにどんな仕事をしているのか興味がわいたが、それにしっかり応えてくれる内容が盛り込まれている。
本書によると2022年現在、矯正医官は291人いるという。一見多いような印象もあるが、日本の医師全体からみると0.1%に満たないという。
その任務は刑務所や拘置所、少年院に収容されている者の診察にあたる仕事である。認知度が低く、矯正施設を担当する医師は欠員が多く、管轄する法務省は人材確保に苦労しているという。
職場が塀の中ゆえの苦労もある。十分な設備がなく、使える薬も少ない。さらに特殊な環境ゆえに厳しいルールも多い。携帯電話が持ち込めない、傘を使わない、机の上にはペンのひとつも置かないなどである。
本書で印象的なのは女子刑務所のくだりである。男性のいる刑務所とは異なり、所内の雰囲気はやわらかく、受刑者の顔は無防備かつ色白で、タバコを吸わないため肌に透明感が出てくるという。
女性刑務所の受刑者の罪状は違法薬物の使用が目につき、女性が薬物のターゲットになりやすい社会の現状を反映しているという。加えて性犯罪も目立つ。「女性の犯罪と性、これは切っても切れない関係なのである」という著者の指摘には実感がこもる。
このほか少年院や少年刑務所に入る者の多くは生育環境に問題があるほか、体の疾患も影響することや、これまで組員という生き方しか知らなかったために犯罪者になってしまった人生など、著者が出会った多くの受刑者とのやりとりから考えさせられることは多い。
世の中の動きと刑務所が無縁でないことも本書で示される。最近では性同一性障害に対してもある程度の配慮がなされ、雑居房でなく単独室の使用や、入浴時も他の収容者の目に触れない時間帯を割り当てられたりするようになったという。刑務所を扱った本は他にも多くあるが、矯正医官の目からみる受刑者の姿はまた違った実態が理解でき印象深い。