経済力を誇示
欧米諸国による厳しい制裁に対し、ロシア経済が想定されたほど落ち込まなかった点は、プーチン政権にとり絶好のアピールポイントになっているようだ。
「経済は20~25%縮小されると予想されたが、結果的にはマイナス2.1%だった」「ロシアのビジネス界はより責任感がある、予想しうるパートナー(ロシア制裁に参画していない国々)たち、すなわち、世界の大多数を占める国々と関係を強化している」「農業分野は二桁成長した」「失業率は減少した」――などと、ことのほか饒舌になった。ただ、製造業の落ち込みや原油生産の減少などへの言及は見当たらない。
プーチン氏はさらに踏み込む。1990年代のソ連崩壊後のロシアの経済混乱は欧米諸国が経済モデルを押し付けたからだと断じ、その結果ロシアが「第一次産品の供給地」に成り下がったと主張。さらに欧米にロシアの富が流れ出し、海外に逃げたロシアの富裕層は今、それらの国で「資産を奪われ」「二流国民に成り下がった」と言い切ってみせた。
この主張は、中高年のロシア人の心の琴線に触れる内容だ。ソ連崩壊後の経済破綻で塗炭の苦しみを味わったロシア人らは、その不満を心に強く抱き続けている。さらに、ソ連崩壊後の国営企業の民営化で巨額の富を得て、海外脱出したロシアの富裕層らは〝目の敵〟だ。プーチン氏の発言に、多くのロシア人は留飲を下げたに違いない。
プーチン氏はさらに海外に流出したロシア人に「ロシアのために懸命に働け」「国家と社会は必ず支える」とも言い放った。〝愚かな国民すら救う国父〟かのようなイメージを国民に植え付ける狙いが伺える。
不都合な事実には触れず
雄弁にも聞こえるプーチン氏の長広舌は一方で、1年に及ぶ戦闘の現状に触れることはなかった。短期のキーウ制圧の目論見が外れ、私兵部隊を含むロシア軍の死傷者が20万人に達したともされるなか、プーチン氏が国民の前で戦況に言及することなどできない。
昨年9月に30万人の国民を動員し、さらに追加の投入の可能性すら指摘されている。そのようななか、戦況について触れることは、プーチン氏の顔に泥を塗る行為に他ならないからだ。
プーチン氏は年次教書でまた、ロシアの新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止のほか、来年の大統領選の実施を唐突に表明した。プーチン氏自身の出馬の有無には言及していないが、自ら大統領選の実施を表明したことは、同氏の出馬を強く示唆するものといえる。侵攻の終わりが見えず、国内の揺らぎがさらに増しかねない状況で、引き締めを図っている狙いが鮮明に見える。
戦争長期化の責任を欧米に転嫁し、侵攻を賛美しながら国民には犠牲を求める。さらに自身の政権の基盤固めを図る――。プーチン氏の2時間弱に及ぶ長時間演説はそのような最高指導者の思惑と、ロシア社会の現状を鮮明に映し出している。
ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
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