動物プランクトンとネオニコも相関しない
次は宍道湖の動物プランクトンの量だが、論文では1993年を境にして激減したと述べている。しかし動物プランクトン量の時間的な変化を統計的に分析すると、81年からほぼ直線的に減少し、93年に最低レベルに達している。従って93年を境にして激減したという記述は誤りである。
このデータは93年以前にも動物プランクトンを減少させる要因があったことを示しているのだが、それはネオニコの発売以前のことであり、ネオニコとは無関係である。要するに、何らかの原因で宍道湖の動物プランクトンは増減を繰り返しながらも減少を続け、ついに93年にほぼゼロになり、その影響を受けてワカサギも激減したということであり、これをネオニコと結びける根拠は何もない。
量の存在証明がない
筆者の専門である毒性学で重要な事項は、実際に毒性を及ぼす量の存在証明である。93年の宍道湖には動物プランクトンを殺すような高濃度のネオニコが存在したのだろうか。
論文では、宍道湖の流域にある水田から流れ出る小川の河口付近にある場所で2018年6月に測定した各種ネオニコの総量は0.072 μg/lであり、これは感受性の高い水生無脊椎動物に慢性毒性を誘発する十分量であり、さらに複数のネオニコの毒性は相乗的である可能性があると記載している。ところが論文内容を紹介した産業技術総合研究所のホームページにはこの記載がいない。
大きな問題は、山室教授が主張する動物プランクトンの減少は1993年の出来事であるにもかかわらず、ネオニコを測定値は25年後の2018年のものである点だ。論文は各種ネオニコの全国販売量を示しているが、なぜか16年までのデータしか示していない。
農薬工業会は、1993年の販売量は2018年の20分の1と述べている。さらに1993年当時、ネオニコはイミダクロプリド1種類しかなかった。93年当時よりけた違いに多いネオニコを使用していた2018年のデータで1993年の状況を説明しようとすることは量と作用の関係の無視である。
推測は通用しない
93年当時のネオニコ濃度について山室教授は著書の中で、島根県全体でのイミダクロプリド出荷量は1993年度は118キログラム、2018年度は1169キログラムだったこと、18年に測定した宍道湖のイミダクロプリド濃度は0.14㎍/lだったことから、1993年の濃度は0.014㎍/lと推定している。
そして、「これは特に感受性が高い動物の慢性毒性濃度として報告されている0.0086㎍/lを超えており、キスイヒゲナガミジンコはただちに死に至ることはなかったとしても、再生産にまで至らず減少した可能性が高い」と述べている。
他方、山室教授らは18年4月に「宍道湖水におけるネオニコチノイド濃度の予備的報告」と題する調査結果を発表している 。宍道湖内3地点と、水田排水を集めて宍道湖に流す排水機場の表層水を測定したところ、6月には排水機場だけで0.489㎍/lが検出され、7月には排水機場で0.074㎍/l、湖内1地点で0.031㎍/lが検出されたが、他の2地点では検出されなかった。そして湖内で検出された0.031㎍/lという濃度は最も敏感な無脊椎動物に対するネオニコの慢性毒性濃度である0.035㎍/lに達していなかったと述べている。
ところがこの論文はScience論文にも著書にも出てこない。重要な実測値を無視しなくてはならない理由が何かあるのだろうか。
イミダクロプリドの毒性に関する環境省の見解は全く違う。イミダクロプリドを含む水中でオオミジンコを48時間飼育し、その半分の遊泳が阻害される濃度を測定した結果、85000 μg/lだった 。著書で引用する0.0086㎍/lとのあまりに大きな違いは説明を要する。
さらに食品安全委員会農薬評価書によれば、イミダクロプリドは太陽光で分解し、その推定半減期は東京(北緯 35 度)の春期自然太陽光換算で約2.4日である 。湖水中のネオニコは急速に光分解し、消失するとともに、水流により拡散している。
ある日、ある1点で測定した濃度が一般化できるのか極めて疑わしい。山室教授自身、降雨の有無だけで濃度が大きく変わると著書で述べている。
キスイヒゲナガミジンコは「特に感受性が高い動物」なのか、イミダクロプリドの慢性毒性量はどれだけか、そして慢性毒性を発現するほど長期間、その水中濃度が維持されるのかは、実測すればわかることである。推測で答えるのではなく、科学的な証拠をもって批判にこたえるべきである。