2024年11月21日(木)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2023年4月26日

実測値が示すこと

 山室教授が著書で推定している1993年の宍道湖のイミダクロプリド濃度0.014㎍/lでワカサギは激減するのだろうか。この推測を否定する調査結果が2022年に報告されている 。

 秋田県立大学が八郎湖とここに流れ込む主な河川のネオニコ濃度を調べたところ、その一つであるジノテフランが湖では中央値で1.3㎍/l、河川では0.6㎍/lであり、宍道湖での濃度より10倍から1000倍高かった。

 ところが秋田県の統計などによると、八郎湖での漁獲量は、ワカサギは1999年に273トン、2020年は198トン、シラウオは1999年に10トン、2020年は17トンなど、増減しつつも漁獲が続いている(「ネオニコ系農薬、八郎湖で高濃度検出 生態系影響に懸念」朝日新聞、2021年6月15日)。この調査結果は、ワカサギ消滅とネオニコの関係を否定している。

真の原因は?

 それではワカサギが減った真の原因は何だろうか。これについて島根県は22年1月に次のように述べている。

 ワカサギは水温30度以下の環境に生息する魚で、宍道湖は分布の南限にあたるが、漁獲量が急減した1994年は、夏に30度以上の高水温が続き、ワカサギのへい死(突然死)が生じた可能性が高いと考えられる。また、近年のほとんど漁獲されない状況についても水温の影響が大きいと考えている。

 島根県の年間最高気温の推移を見ると、1943年から現在までの約80年間直線的に2.5度上昇している。そして宍道湖は水深が浅く、気温の変化の影響を受けやすいことが分かっている。従って、宍道湖のワカサギが激減した理由は温暖化である可能性が高い。

 温度の影響について山室氏は著書の中で次のように述べている。『1994年は異常高温と少雨の夏だった。ワカサギは高水温に弱いので、当時は著者もそれを疑っていた。それから10年以上経って、ふたたび宍道湖の漁業生産に関するに関するプロジェクトを担当することになって、ようやく「まだ減ったままなのは高水温のせいではない」と気づいたのだ』

 どうも異常高温というピーク値だけを見ていて、平均気温の上昇は無関係と考えているようだが、その両方が大きな影響を及ぼすことは生態学の常識である。著書によればワカサギの自然分布の南限は宍道湖だそうだが、温暖化で状況が変わった可能性は十分に考えられる。もちろんワカサギが減った原因は温暖化だけではないかもしれないが、その一因であることを否定する証拠はない。

さらなる問題

 最後に山室氏の言葉を著書から引用する。「水に溶けたネオニコが環境に影響を与えていることが明らかになったわけです。水は繋がっているので、人間にも悪影響があるかもしれない。だから予防原則で、空振りでもいいから、用心する方向に動いたほうが正しいんだと、いまのコロナ禍でも言われていますよね」

 これは信じられない発言である。われわれ科学者は事実に基づいて判断する。そもそも「水に溶けたネオニコが環境に影響を与えている」というのも「人間にも悪影響があるかもしれない」というのも単なる仮説であり、証明されていない。テレビ番組はもちろん、山室論文も著書も、予防原則を語る何の根拠にもならない。

 ヘンリー・ミラー氏は、「こんな明らかにおかしい論文が発表されたことは、論文を書いた研究者の能力がないだけでなく、Science誌の編集者と査読者は意識を失っていたのではないかと疑わせる」と書いている。そのような論文を信じてテレビ番組を作り、映画を作って宣伝し、それが真実であるような誤解を社会に広げるメディア関係者がいることも驚きであり、残念である。科学リテラシーをどう向上させていくべきか、考えなければいけない。

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