状況を一変させたロシアの侵略
その状況を一変させたのが、やはりロシアのウクライナ侵略だった。EUはウクライナ支援策の一環として、22年5月30日付のEU規則870号により、同年6月4日から1年間、ウクライナ産品に対する輸入制限措置の適用を全面的に免除することを決めた。農産物に対する輸入割当、輸入関税も課せられなくなった。
こうして、不充分な輸入割当がウクライナの対EU農産物・食品輸出を制約する状況は、時限的ながら解消されたわけである。実際、22年夏以降、ウクライナの対EU農産物輸出は全般に勢い付いていくことになる。ただし、筆者の理解する限り、ウクライナの畜産・酪農生産者等がEU市場に輸出するのにEUの認証取得が必要な状況は変わらず、この点は障壁として残った。
そして、もう一つウクライナの農産物輸出への影響が大きかったのが、「黒海穀物イニシアティブ」である。22年7月に国連とトルコの仲介で合意が成立し、ウクライナ産農産物をオデーサ州港湾から輸出することが8月から可能になったものだ。
以降、ウクライナの対EU農産物輸出の半分ほどが、同スキームによる海上輸出だったと見られる。スペイン、イタリア、オランダ、ベルギー、ポルトガルなど、地中海および北海沿岸諸国への輸出は大部分がこれであったはずだ。
図1に見るとおり、ウクライナからEUへの農産物・食品輸出額は、21年の93億ドルから、22年の148億ドルへと、58%の伸びを見せた。
一方、ウクライナ側の統計によれば、22年の農産物・食品の輸出総額は234億ドルで、輸出全体の53%を占めた。現時点で、ウクライナで本格的に機能している唯一の産業が農業であり、おそらくはその輸出の3分の2近くをEUが受け入れていると見られる。
近隣諸国へのしわ寄せ
現状ではウクライナの対EU農産物輸出の半分ほどが、黒海穀物イニシアティブによる海上輸出になっていると見られる。西欧の裕福な国々が、ウクライナの安価な穀物やひまわり油を買い入れている形であり、こうした国には充分吸収する余裕がある。
問題は、残りの半分である。これらが、陸路を伝ってポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアに溢れ出していた。また、ブルガリアには(ルーマニアにも一部は)海路によってウクライナ産農産物がもたらされた。
驚くべきは、これら中東欧5ヵ国によるウクライナ産農産物輸入の急増振りである。図2に見るとおり、22年の輸入額は、前年の4倍強に膨らんでいる。ウクライナを支援するためにEUとして決定したウクライナ産農産物輸入の自由化だったが、そのしわ寄せが近隣の中東欧諸国に集中的に及んでしまったのである。
ウクライナの安い農産物が、これだけ急激に流入すれば、地元生産者が悲鳴を上げるのも当然だろう。中東欧は、EUの中でも所得水準が低い地域であり、なおかつ農業の重要性は無視できない。年内に総選挙を控えるポーランドをはじめ、各国ともウクライナ産農産物の輸入禁止という非常手段に訴えたというのが真相だった。