2023年12月6日(水)

プーチンのロシア

2023年3月13日

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服部倫卓 (はっとり・みちたか)

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授

1964年静岡県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士後期課程(歴史地域文化学専攻・スラブ社会文化論)修了(学術博士)。在ベラルーシ共和国日本国大使館専門調査員などを経て、2020年4月に一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長。2022年10月から現職。

 筆者が以前に所属していたロシアNIS貿易会で先日、ロシア在住日本人ジャーナリストの徳山あすかさんによるリモート講演が開催された。それを視聴していたところ、衝撃的な一言に出くわした。

 「ロシア人は抜け道を考える天才です」

 やはりそうだったか。何となくそんな気はしていたが、誰よりもロシア社会を良く知る徳山さんにずばり指摘されると、納得する他ない。

プーチンは国民に甘いヒトラー型

 欧米日による対ロシア制裁は、ロシアの一般庶民をターゲットにしているわけではない。エネルギー輸出等によって戦費を稼がせないこと、ロシアの軍需産業の機能を奪うこと、プーチン政権を支える政権幹部や富豪に打撃を与えることを、直接的な目的としている。

 しかし、われわれは暗黙のうちに、「ロシア国民の生活が苦しくなれば、プーチン政権への反発が強まって、戦争やめろ! の大合唱が巻き起こるのではないか」と期待していることも、否めない。

2019年9月のモスクワ市内のスーパーマーケット。ウクライナ侵攻後、この風景に影響はないのか(筆者撮影)

 現実には、ロシアの人々はそれほど不自由はしていない。制裁によって、今まで使っていたサービスが利用できなくなるといった影響は、確かに生じている。それでも、そこはやはり「抜け道の天才」であり、ロシアの人々はそれぞれに解決策を見出している。今のところ、制裁によってロシアの生活水準が大きく落ち込むという事態にはなっていない。

 そして、国民生活にしわ寄せが及ばないよう、プーチン政権がかなり気を遣っていることも見逃せない。特に、今のロシアにとり、基礎食料を安定供給することは国是と言ってよく、国内を優先するために2022年には穀物の輸出制限措置も発動された。

 独裁者の中には、かつてのチャウシェスク・ルーマニア大統領のように、国民がひもじい思いをしても、食料を「飢餓輸出」する者もいる。ソ連の最高指導者スターリンも1930年代に、工業化に必要な原資を捻出するため、ウクライナ等で穀物徴発を強行し、大飢饉を引き起こした。プーチンは、それらとはかなり異なった政治家である。

 プーチンはむしろ、敗戦の直前までドイツ国内の生活水準を落とさなかったヒトラーに近く、自国民に甘い独裁者と言えるかもしれない。もちろん、動員という名のロシアンルーレットに当たったら悲惨だが。


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