2024年11月25日(月)

プーチンのロシア

2023年3月13日

食料安全保障の落とし穴

 以上見てきたように、軍事侵攻開始後のロシアでは、家電などのように輸入依存ゆえ値上がりした品目は、確かにある。ただ、エネルギー大国だけあって、ガソリンや光熱費の面では恵まれている。全体として、ロシア国民が基本的な衣食住に困っている様子は見受けられない。

 ロシアが近年、穀物輸出国として台頭していることは良く知られているだろう。それ以外の基礎食品でも、14年の欧米への逆制裁で輸入を禁止したりしたため、ここ数年で自給率が高まっている。

 主な食品の輸入依存度は、図5のようになっている。乳製品の輸入が多いように見えるが、その大部分は子飼いのベラルーシからの輸入であり、実質的に国産のようなものだ。また、鶏肉や豚肉を多少輸入はしているものの、近年ロシアはそれらの輸出を増強しており、純輸出国に転じている。ロシアが世界的なひまわり油供給国となっている植物油については、言わずもがなであろう。

 それでは、ロシアの食料安全保障は盤石なのかというと、これがそうとも言い切れないのである。現代の農業では、作物の収穫量や形状を安定させるため、一代限りのハイブリッド種を使って作付けすることが増えている。ハイブリッド種の開発には多大な費用と年月を必要とし、栽培も簡単ではなく、ロシアはその大部分をEU諸国等から輸入しているのだ。

 ロシアで作付される作物の種に占める外国産の比率を、図6に示した。なお、じゃがいもでは、外国で開発された品種でも、ロシア国内で種芋が栽培されていることが多いようで、輸入依存度は図に見るほど高くないかもしれない。また、図にはないが、ロシアが世界的輸出国となっている小麦、大麦では、種の外国依存度は低い。

(注)大豆は非遺伝子組換品種 写真を拡大

 さて、問題は上述のとおりロシア国民の定番非常食である砂糖である。かつてロシアは砂糖生産のためにサトウキビを輸入していたが、最近ではほぼ全面的に国内で栽培されるテンサイ(サトウダイコン)に移行していた。ところが、図6に見るように、テンサイこそ輸入種に依存している典型例なのである。

 かつてのソ連は1970年代からテンサイ交配種の選抜や遺伝に関する作業を一切行わなくなった。ロシアはそのダメージを引きずり、2000年代初頭には種子生産を断念してしまった。テンサイの種子が多く栽培されるのは、気候的に適した南フランスと北イタリアで、ロシアには適地がほとんどない。

 現在のところ、EUはロシアへの種の輸出を禁止する動きには出ていない。世界の食料安全保障にかかわる問題なので、EUもこの点には慎重なのかもしれない。

 逆に、現在ロシア政府が種輸入の制限を検討しているところだ。政府としても、種の輸入依存度の高さを問題視しており、輸入に数量割当制を導入して国産化を推進しようとしているわけである。

 この動きに危機感を抱いたロシア穀物同盟をはじめとする各農業団体は、2022年9月にプーチン大統領に公開書簡を送り、割当制は農業生産に破局的影響をもたらすと警告した。

 ちなみに、同じような問題は畜産にもあり、最近ロシアで発展を遂げている養鶏業にしても、EU諸国からの種卵(有精卵)の調達なくしては成り立たない。

 このように、一見高いロシアの食料自給率は、実は危うい基盤の上に成り立っているのである。

 
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