2024年5月18日(土)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2023年7月9日

 ためしに、「私傷病 休職 解雇」の語で、インターネット検索してほしい。そこには、事業者向けに長期休職者をいかに安全に解雇するかの膨大なノウハウが記されている。そこで想定されているのはメンタル不調であり、執筆しているのは労働問題を専門とする弁護士である。

私傷病ゆえにすべては自己責任

 率直に申し上げる。会社は、「働く人のメンタル不調」を自己責任としかとらえていない。「うつになったのはおまえが悪い。治すのはおまえの責任だ。治らなければクビだ」、これが会社のスタンスである。

 このようなことを人事部長も産業医もおくびにも出さない。しかし、本人のいないところで、この話題は当然のように出ている。否、その話で持ち切りだといえる。

 筆者は精神科医なので、極端な自己責任論に与したくない。そもそも、職場のメンタル不調は、労働災害のように100%業務起因性とはいえなくても、業務関連性0%ということはありえない。事業者は、ある程度、労働者のこころの健康に配慮すべきだと思う。

 その立場から、すでに本連載の第一回に「『働く人のうつ』は、解決を自己責任にゆだねるべきではない」と主張した。その発言を取り消すつもりはない。

 ただし、休職希望の患者さんには、会社が自己責任論の立場に立っている可能性を伝える。そして、かならず次のように確認することにしている。

 「法律上は、休職とは『解雇の猶予』に過ぎません。そして、今後あなたが復職したいと思ったとき、あなたは休職事由消滅の証明を、自らの責任で行わなければなりません。事由消滅の証明が不十分と見なされれば、復職命令は与えられません。そのまま期間が満了すれば、退職となります。休職することには、失業のリスクが伴います。本当に休職でいいのですか?」と。

 患者に退職の意志がなさそうなら、妥協案を提示する。診断書に「時間外労働を『働き方改革関連法』に規定する月45時間、年360時間に留めることを条件に就業継続可能」と記すなどである(詳しくは「「働く人のうつ」は「うつ病」ではないというこれだけの理由」)。

休職をめぐる欺瞞の応酬の果てに

 診断書を書いてもらって休みたい社員、休職の診断書で文書料を得て復職の診断書の期間まで通院させて医療収入を確保したいメンタルクリニック、その一方で、働く人のメンタル不調を「私傷病」とみなして解雇猶予の期間満了を待つ事業者、事業者の思惑を熟知していて表面上は穏やかな微笑をもって社員に向き合う産業医――。このような欺瞞の応酬にこそ、メンタル休職の問題の本質がある。最終的に犠牲を強いられるのが職を失う労働者であることは、いうまでもない。

   
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