2024年11月22日(金)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2023年7月9日

メンタル不調のほとんどは「私傷病」

 法律上は、労働者の傷病には、「労働災害」と「私傷病」の二つしかない。「労働災害」とは業務に起因した傷病であり、業務災害と通勤災害が該当する。「私傷病」は、業務に起因しない傷病である。

 メンタル不調による休職者全員に「労働災害」が認められるはずがなく、大半は「私傷病」ということになる。労働基準法その他の関連法規は、その条文のどこにおいても「私傷病」の際の休職について記していない。

 換言すれば、「私傷病」で労務提供不能となれば、解雇の理由になりえる。メンタル不調の休職者は、法律上はいかなる意味でも守られていない。

 この点は、うつで休職中の身には、にわかには信じがたいであろう。そもそも、メンタル不調に陥った原因は、職場のストレスである。「長時間労働、過酷な目標管理、不可能な納期、度重なるパワーハラスメント、そういう明白な理由が職場にあって、それが原因でうつになったのだ。こっちは犠牲者だぞ。そんな自分に、会社は休職を与えて当然だろう」、そんな風に本人は思うであろう。

 しかし、それは「私傷病」である。「労働災害」ではない。実際、職場のストレスでのメンタル不調を「労働災害」として申請することもできなくはないが、その場合、業務による心理的負担の種類・程度を見積もり、業務以外の心理的負担がないことを証明し、個体側要因がないことを証明し、といった煩雑な手続きが必要となる。

 労災認定のハードルは極めて高い。したがって、メンタル休職者のほとんどは「労働災害」ではなく、「私傷病」で休職することになる。「私傷病」によって休職した場合、その労働者を守る法律などまったく存在しない。

 ただ、会社が就業規則に休職制度を設けている場合は、労働者は一定期間就労を免除されることがありえる。労働者の休職を容認する法律はないから、そのかわりに社内規定で休職命令を発しようとするのである。しかし、あくまで社内規定にすぎない。

 「私傷病」による休職の場合、復職は簡単にはできない。労働者の責任として休職事由消滅の証明(職場復帰できることの証明)を行わなければならない。証明が不十分だと事業者・産業医が判断すれば、復職命令は出ない。

 復職命令が出ないまま就業規則上の休職期間が終了すれば、それで労働契約終了となる。それを「期間満了退職」とするか「期間満了解雇」とするかは、社内規定次第だが、前者の場合も、「自己都合退職」となる。すなわち、「私傷病」という自己都合により労務提供不能となり、それが退職の理由となった、とみなされるわけである。

休職の診断書を書いてくれる都合のいい精神科医

 メンタルクリニックの外来には、初診時に開口一番、「疲れた。休みたい。診断書を書いてほしい」と言ってくる患者はいる。この患者は、精神科医をいつでも診断書を書いてくる「都合のいい存在」と見ているのかもしれない。その前に、そもそも、会社のことを、診断書さえあれば休職をプレゼントしてくれる「都合のいい存在」と見ているのであろう。

 精神科医を「都合のいい存在」と見なすことは、構わない。実際、そんなふうに利用されることをあえて引き受ける医師もいるし、診断書料金を財源と位置付けているクリニックもあろう。

 しかし、問題は社員が会社を「都合のいい存在」と見なすことである。この認識には重大な誤解がある。会社は、それほど「都合のいい存在」ではない。むしろ、当該社員がそんなふうに会社を見ていることに気づいていて、そ知らぬふりして解雇の方法を考えている。


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