元ロシア軍特殊部隊の格闘術教官は現代の傭兵
4月13日。南島縦断を終えてフェリーボートで北島のウェリントンに渡るデイビーを見送った。小雨の中キャンプ場に戻るとデイビーと別れた寂寥と脱力感で、時間が余るほどあるがやりたいことが思い浮かばない。
ふと昨年12月バリ島のホステルで遭遇したチェコ人の男を思い出した。猛々しいほどの筋骨隆々の男が携帯でロシア語を話していた。後で男に「ロシア語が上手いね」と声を掛けたら「ロシアで2年間仕事をしていた。その間にロシアの女の子と付き合ったからロシア語をしゃべれる」とのこと。
バリ島に徴兵逃れのロシア人が大勢住んでいることを男に話したら「ロシアには俺も因縁がある。最近までロシア軍特殊部隊(スペツナズ)で2年間格闘技や射撃の教官をしていた」と語りだした。暑いので男は上半身裸で短パン。全身筋肉の塊りで『ゴルゴ13』(さいとう たかを 、リイド社)のように無数の傷跡があった。
どんな修羅場でも心の中は静寂に包まれている
2人でアラック(バリ島の焼酎)を飲みながら男の話を聴いた。「チェコのプラハ出身だ。若いころ軍隊に入って基礎訓練を受けた。除隊して仕事を探していたら英国の民間軍事会社からスカウトされて軍事警備の仕事に就いた。中南米、アフリカ、中東などでミッションを遂行してきたよ」と淡々と語った。
獰猛な外見に似合わず彼の話し方は知的で控えめである。「危険な現場では恐怖をどのように克服するのか」と聞いたところ、「恐怖を感じることはない。どんなに周囲が騒音に覆われ爆弾や銃弾が飛び交っていても自分自身は静寂に包まれている。神経を研ぎ澄ましていると余計な雑音は聞こえない。絶えず次に何が起こるか、次に何をするべきか、瞬時に状況判断しながらミッションに集中している」との回答。そして「もし恐怖を感じたら即座に引退する」と覚悟を吐露した。
小さな十字架を裸の胸に提げている。「神の存在を信じているが神に願いごとはしないし教会にも行かない。自分の運命(destiny)は神が決めることだからね」と達観。
「ロシアの契約が終了して現在は休暇中だ。バリ島の次は、1カ月フィリピンで遊んでから次のミッションのアフリカ某国に行く」と語った。ちなみにアフリカ某国は長年にわたりイスラム原理主義反政府武装組織が跳梁跋扈している有数の危険地帯だ。
以上 第9回に続く