2024年12月7日(土)

古希バックパッカー海外放浪記

2023年7月23日

『2023.2.4~4.28 83日間 総費用75万円(航空券24万円含む)』

アドベンチャー・セラピスト?

オマル・ハーバーのキーウイ・レイル(NZ国鉄)のハーバーサイド駅。観光シーズンには一日一便の観光列車が停車する

 2月11日。サムナービーチの学生シェアハウスに泊めてもらった。心理学専攻の青年ディックと朝のコーヒータイム。このシェアハウスは9人の男女が暮らしている。ディックは話題が豊富で人々のリーダーになるような雰囲気をもっている。

 彼はアウトドア・スポーツ大好き青年。将来の夢はアドベンチャー・セラピストであるという。聞いたことがない概念だ。自閉症やうつ病や発達障害など何らかの精神的障害を持っている人々が指導者と一緒に野外活動することで障害を克服してゆく体験療法という。

 米国発祥で米国では病院と大学や地域のスポーツクラブなどが提携して既に数百万人が体験している。トレッキング、カヤック、スキー、スノボ、サーフィン、ヨットなどほぼ全てのアウトドア・スポーツが活動領域。

 NZではまだ導入途上であり一部の教会やNPOが手探りで活動を始めている。ディックは先進国の米国で研究・研修をしてNZで活動を広げたいと熱く抱負を語った。自分の信じる道を見つけて夢に向かって邁進している青年の横顔が輝いていた。

グッドルッキングの電気技師の青年

 2月27日。クイーンズタウンのホステル。同宿の青年のベッドに「人生をいかに生きるか」というような哲学的なタイトルの厚さが5センチもある本が置いてあった。

 しばらくすると青年が戻ってきた。金髪碧眼長身ハンサムという明るい好青年で英国系移民の子孫。彼はクライストチャーチ在住の電気技師。仕事で数週間クイーンズタウンに滞在中。

「面白そうな本を読んでいるね」と水を向けると、待っていましたとばかりに本の著者を絶賛。「読み終わったのであなたに進呈します」とオファーされたが荷物になるし、そんな厚い英語の本を読む根気がないのでやんわりと謝絶。すると著者が書いたパンフレットを二種類くれた。「このパンフレットを読めば人生観が変わると保証します」と。

青年は新約聖書原理主義者?

 青年にキリスト教徒かと聞くと「貴方はキリストを信じないのですか」と逆に問われた。「私は仏陀を信じている」と回答すると爽やかに微笑みながら「新約聖書を読めば貴方もジーザス・クライストを信じますよ」と応じた。

 「イエス・キリストが処刑後に甦った場面を500人もの人々が目撃したと新約聖書にあります。イエスが神であり精霊であるという三位一体(trinity)説が真実であると証明されています」と素朴にキリストの復活を信じていた。

 青年はギリシア彫刻のような均整の取れた筋肉美をしていた。“健全なる魂は健全なる肉体に宿る”ということか。

フランスの高校教師の“三島由紀夫論”

 3月15日。オマル・ハーバー・キャンプのダイニングで30歳くらいのフランスの高校の文学(literature)の教師と一緒になった。海外で日本文学について聞かれることが多々ある。特に村上春樹と三島由紀夫は頻度が高い。

 『金閣寺』で寺が全焼するのは「ミシマ自身の潜在的破滅願望の現れだと思うのですがどう思いますか」といきなり剛速球が飛んできた。「たしかに『憂国』という小説でハラキリを賛美していますね」と辛うじて答えた。彼はそれからフランスの三島由紀夫研究者の論説を紹介してくれた。

 高校教師は別れ際に「文学の面白さは読み返すと新しい発見があることですね。それは自分自身が変化している、もしくは成長している証ではないかと思います。そうしたことを生徒に問いかけてさらに思索を広げて行けるのは教師の特権ですね」と語った。好きな文学を職業として生きる独身高校教師。素敵な生き方を羨ましく思った。

 ふと半世紀以上も昔の公立高校1年の現代国語の独身男性教師を思い出した。彼は或る日の授業で何も言わずにいきなり宮沢賢治の銀河鉄道の一節の朗読を始めた。朗々とした声が教室に響き、銀河鉄道の世界に浸っているとあっという間に時間が過ぎた。就業の鐘がなると満足そうに頷いて無言で教壇を降りた。

早期退職して人生を楽しむアメリカ先住民の哲人

アメリカ先住民の哲人ベアー60歳と日本の放浪ジジイ69歳

 3月28日。アンバレービーチのキャンプ場。米国からNZへ移住したアメリカ先住民のベアーは60歳で早期退職して車に家財一式を積んで終の棲家を見つけるべくNZを周遊中。3度結婚して3度離婚したので現在は自由の身だと呵呵大笑。

 ベアーによるとインディアンは“人間は四本の脚で生きている”と考える。①健康な身体、②家族や友人との交流、③生きて行く手段としての仕事=社会での役割、④何のために生きているか考えること。4つのなかで2つが無くなると生きている価値・意味がないという。

 ベアーはインディアンが伝統的に持っている人知を超えたスピリチュアルな存在を信じているという。クイーンズタウンで出会った新約聖書信奉者の青年の話を紹介したら、「新約聖書も読んでみたが、イエスの死後に様々な世俗的な動機からイエスの言葉を改竄したものだ。そして中世の教会指導者は聖書を教会の権威を高め世俗的権益を守るために都合よく解釈した」と喝破。

映画『薔薇の名前』は中世の教会の暗部の“ほんの一部分”

 ショーン・コネリー主演の映画『薔薇の名前』は公開当時世界的な反響を呼んだが、ベアーによると中世教会の最大の改竄は“三位一体説”という。「イエス自身は自分が神であるとは一言も言ってない。ましてやキリストが処刑の3日後に復活して昇天したと聖書には書かれているが、後世の創作である」

「500人という多くの目撃者が実在したとしたら同時代の多数の目撃記録が支配者のローマ帝国の官僚により残されているはずだ。しかし客観的な記録は発見されていない」と論じた。

手押し車とデイビーのドヤ顔

驚異の定年退職冒険野郎

 4月12日。NZ北端の港町ピクトンのキャンプ場でデイビーと再会。デイビーとは1カ月前に850キロ南のワイホラ湖へ向かう途上の国道1号線で出会った。彼は手押し車にキャンプ道具を載せて国道の右端を北上中だった。

 徒歩のデイビーはチビチャリに遅れることわずか4日でピクトンに到着したのだ。デイビーは毎日30~35キロ、8時間近く歩く。驚嘆すべき脚力である。

 デイビーは今年NZの年金支給開始年齢65歳で定年退職し、NZ南島南端ブラフから北島北端を目指して2000キロ超を徒歩縦断中であった。

 ベビーカーのような手押し車に小型ガスボンベからテントに至るまでキャンプ用品一式を積み込んで乱高下の激しい道を歩く難行苦行。上り坂だけでなく下り坂もスピードを制限するために足腰膝に大変な負担だ。

冒険野郎の反骨精神と波乱万丈の人生

 デイビーは南ア生まれ。一家の祖先はスコットランドから南アへ植民。白人支配のアパルトヘイト政策下の南アで育った。兵役中に黒人居住地区の治安活動で黒人のデモ行進などを弾圧することに疑問を感じて脱走。秘かに出国して英国へ渡った。

 その後はギリシア、トルコなどで働きながら世界中を旅して歩いた。30代初めにNZに定住。そして今デイビーは“第4の人生”を楽しんでいる。


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