2024年5月25日(土)

古希バックパッカー海外放浪記

2023年7月9日

『2023.2.4~4.28 83日間 総費用75万円(航空券24万円含む)』

ラグビーだけではないスポーツ大国

 ニュージーランド(NZ)は国土が日本より少し狭い島国で人口は510万人という小国である。しかし言わずと知れた“オール・ブラックス”に代表されるラグビー大国である。東京オリンピックではNZは金メダル7、銀メダル6、銅メダル7で国別メダル獲得数では13位だった。

 東京オリンピックの金メダル数では米国39、中国38、日本27、英国22、ロシア20となる。商業主義的スポーツの米国、ステートアマ(国家の育成選手)の中国とロシアの3カ国については何か違和感がある。NZはこれら3カ国および日本と比較して何が違うのだろうか。

 NZを3カ月弱キャンプ旅して見えてきたのはスポーツの本来のあるべき姿だ。

1928創立のダイヤモンド・ハーバー・テニスクラブ

ダイヤモンド・ハーバー・テニス・クラブ。左奥の緑の屋根がクラブハウス。初代のクラブハウスは丸太小屋であった

 2月8日。クライストチャーチの外港リトルトンの対岸に位置するダイアモンド・ハーバーは小さな集落だ。中心部にはカフェと雑貨屋があるだけ。中心部から500メートルくらい走ると畑の中に『ダイヤモンド・ハーバー・テニス・クラブ創立1928年』と看板が出ていた。山腹の斜面を整地したテニス・コートが2面だけ。

 現在でも住民が100人もいないような集落。100年前英国から移住してきた植民者が原生林を斧で切り倒して農地を開墾していたのだろう。電気も水道もない未開の土地で開拓者達は互いに支え合って生きていたと想像する。そして生活の糧である農業もやっと軌道に乗った頃にコミュニティーの親睦と交流の場としてテニス・コートを作ったのだろう。

 素朴な木造平屋のクラブハウスをガラス窓から覗くとトロフィー、表彰状、記念写真などが100年近いクラブの歴史を物語っていた。初期の記念撮影では1面しかないコートに数家族が薄茶色に変色した写真に収まっていた。

1912年創立“チャータリス・ベイ・ゴルフ・クラブ”

 テニスクラブから自転車で小一時間走ると1912年創立のチャータリス・ベイ・ゴルフ・クラブがあった。9ホールだけの小さなゴルフ・クラブ。

 平日午前9時なので誰もいない。無人のクラブハウスのテラスで涼んでいたら1人のゴルファーが来て「お茶を淹れるから飲まないか」とのナイス・オファー。ケリーはオランダ系移民の子孫。近くで農場をしており、当日は友人とラウンドする約束らしい。

 年配の小太りのゴルファーが来てクラブハウスの貯金箱(honesty box)にグリーンフィーと登録カードを入れて1人で先にスタートした。そのうちに母親と娘らしい女性2人組がクラブハウス近くの最終ホールのグリーンに上がってきた。そしてケリーの友人2人が車で到着して3人でスタート。そのあと中年の4人組が続いた。午前10時前だが既に合計10人もプレーしている。全員が地元のメンバーでお互いに愉快そうに挨拶を交わしている。

 田舎の平日の朝なのに意外とゴルファーが多いことが不思議に思えた。周囲は人家もまばらな田舎で入り江沿いに農地と牧草地があるだけ。そもそもゴルフ・クラブを維持できるだけのメンバーがいるのか心配になるほどだ。

 今から111年前に開墾や農作業の合間に近隣の人々が手弁当で集まり丘陵の斜面の原生林を拓いて9ホールのゴルフコースを作るというのは大変な労力だったろう。そこまでして祖国と同じようなゴルフ・クラブを創りたいという開拓者たちの情熱に想いを馳せた。

 1世紀を経て創設者の子孫たちが和気あいあいとゴルフを楽しんでいる。彼らが夢見た豊かなコミュニティーが綿々と受け継がれてきたのだ。

テイラーズ・ミステイク・ビーチのローイング・クラブ

スマグラーズ・コーブ(密輸屋の入り江)の高台から望むテイラーズ・ミステイク・ビーチ(仕立屋のミスの浜辺)

 2月9日。クライストチャーチ近郊のサーファーの聖地テイラーズ・ミステイク・ビーチ。ビーチ沿いにライフ・セーバーの監視所があり、その隣に鉄筋コンクリート2階建ての立派なボートの艇庫があった。建物には●●漕艇クラブ(rowing club)の重厚な金属プレートが貼られて、ポールの上では由緒ありげなクラブ旗が翻っていた。

 1階が艇庫で2階がクラブハウス。海から上がって来てボートを洗っている男達は一様に逞しい腕をしている。こんな立派な艇庫とクラブハウスを擁している●●漕艇クラブの運営は会員からの会費で成り立っているという。

 NZの海沿いのほとんどの町にヨットクラブ、漕艇クラブがある。ボートを漕げるくらいの大きな河川にも漕艇クラブがある。クライストチャーチ市内を流れるエイボン川沿いでもカンタベリー漕艇クラブ、エイボン漕艇クラブがそれぞれ立派なクラブハウスを構えていた。

 ロンドンを流れるテムズ川では上流から下流に至るまで頻繁にボートを漕いでいる姿を見かけるが、NZは立派に英国のボート競技の伝統を受け継いているようだ。ちなみにNZは東京オリンピックではボート競技で金メダル3個、銀メダル2個を獲得。しかもボート競技の花形エイトでは女子が金、男子が銀を勝ち取っている。

 全国津々浦々の漕艇クラブの草の根のボート競技人口がオリンピックでのメダルラッシュの背景にあるのだろう。

田舎町のカントリークラブの豪快で素朴な大宴会

 3月2日。南島の南部(サウスランド)のウイントンは人口2400人の田舎町。町外れのゴルフ・クラブが慈善で敷地の一部をキャンパーに開放している。

 夕刻、2階のダイニングバーでは大宴会の真最中。トーナメントの表彰式の後のパーティーらしい。60人くらいのメンバーがビールジョッキ片手に盛り上がっている。ウェイトレスやバーテンダーはおらずメンバーが自分でバーカウンターに入りビールやウイスキーを注いでいる。つまみは買ってきたものを並べただけだ。

 飲み水が欲しいと近くのテーブルのメンバーたちに声をかけたら、「冷蔵庫からペットボトルを好きなだけ持っていけ」とキーウィ(NZ人の愛称)らしい豪快な返事。

 翌日事務所で聞いたら専従職員は事務所の女性1人だけでクラブの運営費は会員の年会費とグリーンフィーでまかなっていると。地元の人々が自分たちで運営しているイングランド由来の地域コミュニティーのカントリークラブなのだ。


新着記事

»もっと見る