カーンの追放に主要政党も同調した。恐らくは情報機関による圧力の下で、PTIの幹部と活動家が次々に離党を表明し、PTIは空洞化し実際上解体に追い込まれたと見られる。カーンが刑務所送りとなり、政治活動から排除されたことをもって、軍のカーン追い落としは成就し、カーンの政治生命は断たれることとなった。
2022年4月に首相の座を追われて以来、カーンは早期の総選挙を要求し、もって政権に復帰することを狙い、大衆を動員し街頭に出てシャリフ政権と軍に圧力をかける行動を継続して来た。その過程で、彼は軍との対決姿勢を強め、抗議デモが暴徒化して、遂には軍に弾圧の口実を提供したということだろう。彼の議会制度を無視した行動はパキスタンの政治の民主的な運営プロセスに多大な害をもたらしたと思われる。
軍優位のハイブリッド型統治
その結果は、露骨な軍による統治ではないにしても、軍が優位の文民と組んだハイブリッド型の統治の継続を確かなものとするであろう。議会の解散に伴いシャリフは退任し、8月12日、選挙までの間の選挙管理内閣の暫定首相として少数政党「バルチスタン・アワミ党」の無名の上院議員カカールが任命されたが、恐らくは軍の意向を反映したものであろう。パキスタンには難問山積であるが、まずは過熱した政治の雰囲気を冷やし、秩序のある状態で選挙に臨めるかが重要となろう。カーンを失った彼の熱狂的な支持者たちが、大人しくしているかの問題があるのではないかと思われる
選挙は憲法が定める90日以内よりも遅れる様子である。カーンが逮捕された日に、政府は新たな人口調査を承認したが、これに伴い、選挙区割りを新たに引き直す必要があるからである。司法相は、この作業によって選挙は少なくとも5カ月遅れるかも知れないと言っている。その間、選挙管理内閣は事実上、軍の監督下に置かれることとなろう。
また、この記事に、議会解散の直前になって相当数の立法措置が行われたとの記述があるが、これも選挙までの期間がかなり長期になることを見込んでの措置であろうと思われる。例えば、選挙管理内閣の権限は通例であれば、ルーティン的な問題のない事案の処理に限定されるが、現下のパキスタン経済の緊迫した状態に鑑み、IMFとの交渉など必要な措置を取り得るよう措置したものであろう。