ちなみにその他サービス収支においては著作権等使用料という動画・音楽の配信サービスへの支払いを計上する項目もあるが、これも年々赤字が拡大する状況にある。いずれにせよ、資源価格や為替動向全般に大きく左右される貿易収支や第一次所得収支と異なり、その他サービス収支は近年、拡大基調にある。とりわけ、デジタル化は時代の要請であり不可避な流れである。日本に米巨大IT企業などに対抗できる企業が誕生すれば話は別だが、こうしたその他サービス収支の赤字は増加することはあっても簡単に減少しそうにない。円相場を展望する上でこうした「新時代の赤字」の存在も知っておきたい。
結局、今の日本では観光という労働集約的な産業で稼いだ外貨が、ソフト面での競争力が重視される資本集約的な産業への支払いに充てられている印象が強い。「肉体労働で稼いだ外貨が頭脳労働に吸い取られている」ともいえる。
一発逆転は不可能な日本
変わるドル円相場の主戦場
こうした状況に処方箋はあるのか。残念ながらすぐに改善する特効薬はない。なぜなら、貿易赤字がここまで慢性化したのは日本企業が国内市場を見限って対外直接投資を増やすという大きな経営判断を進めてきた結果だからだ。そうして海外での投融資を増やした結果が先述した第一次所得収支黒字なのだ。その他サービス収支の赤字が拡大している理由は一つではないが、やはり研究開発分野において日本がかけてきた人的・金銭的コストが諸外国(特に米国)のそれと比較して大きく劣後しているという事実はありそうである。このように地道に進んできた変化を一発逆転する妙手は存在しない。
だが、政府・与党も無策ではない。例えば、特許や著作権などが生み出した企業の所得に優遇税率を適用する「イノベーションボックス税制」は既に欧州各国で運用されているものだが、その創設がようやく日本でも検討され始めているという。また、熊本県における台湾積体電路製造(TSMC)誘致に象徴される対内直接投資残高についても「30年までに100兆円」という具体的な目標が掲げられるようになった。
岸田文雄首相はこうした動きを総合して「世界に伍して競争できる投資支援パッケージ」を仕上げていく意思を表明している。対内投資を盛り上げていこうという方向性は、非常に時間がかかるものではあるものの、「これしかない」という道として支持できるものだ。慢性化する〝外貨流出〟という状況に対し、日本企業はどう対応できるのかという視点も欠かせない。
もちろん、今後予想される米国の利下げ転換はある程度の円高をもたらすだろう。変動為替相場制なのだから振幅は当然ある。だが、それで100~120円といったレンジに戻るのか。今回見てきたような経常収支構造の変化を踏まえれば、ドル円相場の主戦場は「125~145円」などへシフトアップした可能性などを考えても良いのではないか。
少なくとも社会が円高に苛まれてきた時代は一旦忘れて、円安による購買力低下とそれに伴う望まぬインフレ発生を警戒する目線を持つべきではないかと思う。