見かけの経常黒字は
実務上は経常赤字なのでは?
CFベースで経常収支を考えようとした場合、黒字の源泉となっている第一次所得収支の中身を精査する必要がある。第一次所得収支とは「過去の投資のあがり」であり、株式からの配当金や債券からの利子、海外法人からの利子・配当金などが含まれる。22年、日本の経常収支は11.5兆円で、このうち貿易サービス収支が▲21.1兆円の大幅赤字であるのに対し、第一次所得収支が35.2兆円の大幅黒字だった。つまり、日本の経常黒字とは第一次所得収支黒字である。
ここからが重要な話だ。第一次所得収支は主に証券投資から得られる収益と直接投資から得られる収益で構成される。CFベースで考えるためには証券投資収益に含まれる債券利子や配当金および直接投資収益に含まれる再投資収益は取り除いて考えた方が良いと筆者は考えている。というのも、証券投資収益に含まれる債券利子や配当金は通常、複利効果を狙って再投資されることが多い。また、直接投資収益には再投資収益という項目が含まれており、これも相応に大きい。この項目は外貨のまま再投資されるため、確実に円買いにはつながっていない。
このような考え方を23年上半期に当てはめると、債券利子や配当金、再投資収益などを調整したCFベースの第一次所得収支は6兆1431億円と統計上の公表値(17兆5286億円)の3分の1程度にしかならなかった。
こうしたCFベースの第一次所得収支と貿易サービス収支、第二次所得収支を合計するとCFベースの経常収支のイメージが得られる。結論から言えば、23年上半期のCFべースの経常収支は約▲3.4兆円程度の赤字だったのではないかと筆者は疑っている。これは22年上半期の約▲3.2兆円よりも若干大きい赤字だ。「23年の需給環境は22年よりも改善している」というのが通念になっているが、経常収支を掘り下げると、このように違った姿が見えてくる。
先述したように、23年上半期、内外の金融政策環境だけを見れば円高・ドル安に振れてもおかしくはなかった。だが、円安は続いた。要因は一つではないだろうが、結局、「円を売りたい人の方が多い」という状況が続いているという事実に尽きるのではないか。
ちなみにCFベースの経常収支は22年、約▲10兆円の赤字だったのだが、これと匹敵するほど赤字だったのが13年と14年であり、いずれの年も円は対ドルで▲10%以上下落していた。13年や14年はアベノミクスや異次元緩和といったリフレ思想が最も華やかに取り上げられていた時代であり、円安もその成果だと言われた。しかし、本当は底流にある需給環境の大きな変化が効いたのではないか。もちろん、これらは筆者の仮説だが、一考する価値はある視点だと思っている。
なお、円相場の需給と言った場合、近年の日本ではサービス収支の赤字の拡大傾向も無視できない。実は過去10年で日本のサービス収支全体は大きく変化しており、12年と22年を比較した場合、「旅行収支」が約▲1兆円の赤字から約7300億円の黒字へと転換している。日本人が海外で消費する額(=支払い)を上回る額を訪日外国人が消費(=受け取り)していることが要因であり、インバウンド需要が続く限り、この傾向は続く公算が大きい。
一方で、同じ期間の「その他サービス収支」の赤字は約▲1.8兆円が約▲5.2兆円へ3倍弱に膨らんでいる。近年、日本のサービス収支を規定するのはその他サービス収支の赤字なのだ。これは何なのか。
その他サービス収支の赤字は主に①デジタル、②コンサルティング、③研究開発の3項目に集約される。例えば22年上半期と23年上半期を比較すると専門・経営コンサルティングサービスが約▲4300億円から約▲1.1兆円へ2.5倍以上に膨らんだ。同項目はインターネット広告への支払いなどを含むという意味でいわゆる「デジタル赤字」の性格を帯びるが、近年、日本で事業拡大する外資系コンサルティング企業が日本で計上した売り上げの一定割合を本国へ送金(=支払い)していることも反映する。このほか米巨大IT企業が提供するクラウドサービスなどへの支払いを含む通信・コンピューター・情報サービスも約▲7600億円から約▲8600億円へ拡大している上、研究開発サービスも約▲9200億円の赤字で横ばいであった。