ロシアのウクライナ侵攻では、ロシア軍・ウクライナ軍の双方に多くの死傷者が出て、いまだ戦闘が継続している。サイバー攻撃による被害も少なくない。
ロシアの軍または情報機関が保存されたデータを消去してしまうワイパーと呼ばれるウイルスを用いて、ウクライナの十数カ所の金融機関や政府機関約300のシステムを破壊したと言われている(Lewis J. A. (2022). Cyber War and Ukraine. )。その中には農業関連のシステムなど、軍事目標とは考えづらいシステムが多く含まれている。
また同じくロシアによって、ウクライナ軍の通信を阻害するためと思われる衛星通信システムへのサイバー攻撃が行われた。結果としてヨーロッパの衛星通信会社のシステムがダウンし、その影響はウクライナだけでなくドイツなど欧州全体に及んだ。
サイバー空間においても、データセンターや海底ケーブルなどが攻撃の対象となれば、当事国以外にも巻き添え被害を及ぼすインフラが複数ある。ますます重要になるサイバー空間の安定を確保するために、紛争の被害を限定することは可能だろうか。
ヒントとなる国際人道法
そのためのヒントを国際人道法に求めることができる。国際人道法とは、悲惨な戦争の歴史の教訓から、「軍事的合理性のある行為に精力を集中させ、早期の勝利のためには不要な殺傷と破壊を禁止する」(加藤信行、植木俊哉ほか編著『ビジュアルテキスト国際法 初版』2017年、有斐閣)ために、戦争の当事者の行動を律するための諸規則である。
具体的にはハーグ陸戦条約、ジュネーブ諸条約、追加議定書などだ。戦争法や武力紛争法とも呼ばれることもあるこれらを、本記事では国際人道法と呼ぶ。
国際人道法は、各国の戦闘員による殺傷や破壊は、原則として敵の戦闘員と軍事目標に向けられなければならないと定めている。軍事目標(ミリタリー・オブジェクト)とは、軍事活動に資する、軍事活動を助けるものである。
軍事目標以外は民用物(シビリアン・オブジェクト)と呼ばれる。文民を殺傷したり、民用物を破壊したりすることは国際人道法が禁ずるところである。また、巻き添えを最小限に防ぐために、都市を無差別に爆撃してはならない。
国際人道法には保護標識という仕組みもある。有名なところであれば赤十字、赤新月あるいは赤いクリスタルが描かれた標識(以後、エンブレム)が掲示された施設、車両などを攻撃の対象から外すことを求めている。