人類はその歴史において、さまざまな資源を分け合い、奪い合ってきた。それは、石油や天然ガスなどのエネルギーだけでなく、黒曜石・銅・錫・鉄・石炭・香辛料など、獲得競争の対象は多岐にわたる。そこに今、サイバー空間におけるIPアドレスという資源へ注目が集まりつつある。
インターネット誕生から50年、それによって実現されたサイバー空間では、このような奪い合いと無縁の世界であると考えられてきた。サイバー空間における情報は分けても減らず、分けると増えつつ共有されていく性質を持つからだ。2000年代に入り、グローバルで、オープンなはずのサイバー空間においても、資源を巡る動揺が見られる。
「データは21世紀の石油」という言葉がまことしやかに語られ、既に自国民のデータを自国の領土内に留めようとする動きが起きている。読者にサイバー空間での資源争奪戦について問題提起したい。
緊張が走ったAPNICの理事選挙
サイバー空間における〝資源争奪戦〟の一端が見えたのが、2023年3月にあったとある国際組織の理事選挙である。それは、APNIC(エーピーニックと発音する)という組織である。豪州のブリスベンに所在する非営利団体だ。
多くの方が聞き慣れないだろうこの団体は、アジア太平洋地域全体を対象にインターネットに関連する資源、例えばIPアドレスの管理や割り当てを行っている。APNICはアジアを担当するが、北米、欧州、アフリカ、ラテンアメリカおよびカリブ海を対象に同様の管理団体がある。
これら合計5つの組織は、IPアドレスを各地域内のインターネットサービスプロバイダーや大学や企業などに割り当てている。その役割はまさにインターネット全体における縁の下の力持ちであり、その存在が広く社会の注目を集めることは稀である。
筆者は、APNICの年次会合に何度か参加したことがある。アジア中から技術者数百名が集い、和気藹々と工夫や悩みを共有するアットホームな会合であった。
そんなAPNICに緊張が走ったのが、先の組織の理事を決める選挙である。