2024年11月22日(金)

デジタル時代の経営・安全保障学

2023年5月12日

 アフリカの混乱を知る関係者を中心に、アジア太平洋に同様の事態が起きることを懸念する声が高まった。結局、今回の選挙では、特定の団体が推薦した4人の候補者はすべて落選した。

 しかし、サヤ取り事業者のビジネスがなくなったわけではない。来年以降に同じように、管理団体の理事の座を狙う可能性は残っている。

サイバー空間の資源の争奪戦を生き抜くには

 この問題から得られる1つの教訓は、技術的に優れたものが必ずしも社会で受け入れられるとは限らないということである。実は、IPアドレスという資源の枯渇は数十年前から予期されていた。技術者は解決策として、IPv6という新しいバージョンの通信規格を作っている。

 新しい規格は、天文学的なアドレス数を持ち、枯渇や分配方法を気にする必要がない。スマートフォンから、パソコンから、ネットワーク機器までこの新しい通信規格への対応は、既に終わっている。アジア太平洋でもアフリカでもIPv6アドレスは、管理団体に依頼すれば割り当てを受けることができる。

 新しい通信規格はセキュリティ面をはじめ複数の機能強化もされている。もはや古いIPv4にこだわる技術的なメリットは皆無である。

 しかし、IPv6への移行は、予想されたほど進んでいない。途上国を中心に、古い規格のニーズが依然として高いからだ。

 「ネットワーク効果」というある技術や規格を利用する人の数が多ければ多いほど、その価値が高まるという現象がある。パソコンをお持ちの方は、ご自身のキーボードのアルファベットの無秩序な並びを再確認いただきたい。

 技術者は、より優れた配列のキーボードを何度も提案している。しかし、筆者を含めた多くが不便だが使い慣れた配列のキーボードを甘んじて受け入れている。これがネットワーク効果の典型であり、通信技術はとりわけ、ネットワーク効果が強く作用する。

 教訓の2つ目は、限られた資源の配分について、虚心坦懐に見直すことの重要性である。現在、インターネットの資源を管理している組織や制度の多くは、まだインターネットに国境はなく、グローバルに単一のネットワークだと考えられた時代に生まれた。

 米国を筆頭に日本や欧米先進国は、インターネットの開発に当初から参加していた。そのため、それらの国の企業や大学などが今でも多くのIPv4アドレスを割り当てられている。

 これについて一部では、各国に割り当てられたIPアドレスの格差が問題視されている。15年時点で、日本や欧州においては概ね1人あたり2~3個のIPv4アドレスが割り当てられているのに対して、中国では0.24個、インド・パキスタンでは0.02個である。人口に対してIPv4アドレスが少ないこれらの国は、現在IPアドレス争奪に積極的な国でもある。

 これまでわれわれが最適と考えていたインターネットとサイバー空間の管理の仕組みが今後も有効である保証はどこにもない。日本においては、22年に経済安全保障推進法が制定された。この法律の狙いは航空機の部品、半導体、レアメタル、クラウドプログラムを含む11の分野について、官民が協力して資源の安定供給を図ることにある。

 クラウドプログラムの安定供給のためにはIPv4アドレスだけでなく、さまざまなコンポーネントが必要となるであろう。グローバルなネットワークの機能を維持し続けるだけでなく、同時に日本の経済安全保障の先々の脅威を取り除くという、両睨みの戦略が必要となってくる。

 最後になるが、このような問題の解は、多様な背景を持つ人々との国際的な議論を通じてのみ得られる。23年10月8日から京都において、インターネットガバナンスフォーラムというサイバー空間の公共政策課題を議論する会議が開催される。主催は国連で、政府、民間、市民社会の誰もが直接議論に参加できる貴重な機会である。ぜひ、多くの日本の方に参加してもらいたい。

編集部からのお知らせ:小宮山功一朗氏が小泉 悠氏、桒原 響子氏とともに情報社会の脅威について、著書『偽情報戦争』で指摘しています。詳細はこちら
 
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