この発言が、ロシアの宗教指導者との会合で行われたことは重要だ。ロシア国内には、多様な民族がおり、彼らが信じる宗教は異なる。
プーチン氏は、ウクライナ侵攻を支持するロシア正教のキリル総主教と緊密に連携しているように、宗教を通じて国民を統制する手法を頻繁に使う。異なる宗教グループの代表らを集めて、このような会合を行うということは、これらの発言は宗教指導者らに向けられたというよりは、国民に対するメッセージだと捉えられる。中東情勢の悪化を、ロシア国内を引き締めるプロパガンダに利用するプーチン氏の狙いは明確だ。
世界混乱の原因を米国に
プーチン氏が、さらに極端な主張を展開する場面もあった。ロシア南部ダゲスタン共和国の空港で、イスラエルから到着した飛行機を、150人あまりとも伝えられるデモ隊が取り囲んだ事件が発生した際のことだ。イスラム教徒が多いダゲスタンでの、反イスラエル機運の高まりが背景にあったとみられるが、その約半数が拘束される事態に陥った。
プーチン氏は事件の翌日には安全保障会議を実施。そこでプーチン氏は、中東の混乱の背後には、世界の支配を狙う米国がいると主張した。
プーチン氏は「米国を頂点にした世界は、着々と破壊され、過去の遺物になろうとしている」と断じ、さらに米国が対立する国々を不安定化させようとしていると一方的に主張した。そのうえで「われわれロシアは、本当の自由のために戦っている」と言い切ってみせた。
ロシアはかつて、中央政府に反して独立を目指したダゲスタンの隣国、チェチェンと戦争を行った。ダゲスタンでは、現在もイスラム過激派が拠点を構えているとみられており、ロシアは同地域の動向に敏感に反応する。
今回の事件は、確かに不透明な部分が多い。ただいずれにせよ、プーチン氏は同事件を引き合いに、中東の混乱の背後で「米国が裏で手を引いている」とまで主張し、さらにロシアのウクライナ侵攻を正当化する根拠に利用してみせた。
西側のウクライナ支援にも支障
ロシアが侵攻を続けるウクライナにおいては、ウクライナ軍が6月に開始した反転攻勢が思うように進まず、南部ウクライナの占領地域の奪還はわずかしか実現していない。逆に、東部ではロシア軍が攻勢をかけるなど、進軍がさらに困難になる冬季を前に、事態は膠着状態に陥っている。
そのようななか11月初め、ウクライナ軍を支援する欧米がウクライナ政府に対し停戦を促し始めたとの情報が流れた。米NBCは欧米とウクライナが秘密裡に停戦に向けた協議を開始したと報道。イスラエル情勢を受け、ウクライナを支える国々にも経済的な余力がなくなるなか、これ以上の戦争長期化は好ましくないとの判断が出ているもようだ。
さらにウクライナ支援の中核である米国の政権幹部は11月8日、米政府がウクライナ支援に割り当てた資金の96%をすでに利用したと明らかにした。米下院は、対イスラエルに限定した軍事支援には前向きな姿勢を示すが、対ウクライナは否定的で、今後はバイデン大統領の権限で、米軍の在庫から小規模な支援を続ける方針という。