疑問の矢印を変える
つまり、この「内観」を別の観点で言い表すと、疑問の矢印を変えることだ、ともいえる。例えば、ビジネスにおいては、以下のような場面を想像すると良いだろう。「あなたはマネジメントが上手じゃないね」と、同僚に上目線で言われたあなた。この時、疑問の矢印が外に向いていれば、
- どうしてそんな風に言われなきゃいけないんだ!
- そもそもお前だってできていないじゃないか!
と、外に原因を求めてしまう。これだといつまでも内省が深まらず、自身の精神的成熟に繋がらない。そこで、矢印を自分に向けてみると、
- 言われてイラついている自分がいる。どうしてイラつくのだろう?
などと、内面に疑問を向けることが可能となり、気づいていなかった本当の自分に気づいていくことができるのだ。
そうすると、
- 自分が言われてイラつくのは、マネジメントできる自分と見られたい自分がいるからだ(承認欲求の顕在化)
- 相手に対して優位でありたい、マウントを取りたい自分がいる
- 相手も自分に劣等感があるからこそ、低い立場にみなしたいようだ
などと、一層の真理が見えて、精神的な処理が容易になる。つまり、自分に正しい問いを立てて理解していくこと。これこそが内観の本質である。
『スキップとローファー』では他にも、多々このような場面が描かれている。
4巻Scene22では、志摩が美津未に対して持っていた気持ちを、「この感情は、嫉妬だ」と気づき、素直に自分の気持ちを認めて行動できるようになる。
このように自身の内面を言語化することで、囚われていた自身の姿が明らかになり、客観視(メタ認知)ができるようになることを「主体の客体化」という。言語化により「手放す」ことが可能になり、ネガティブな感情がわいた際、スッと気持ちが楽になるので、ぜひ試してトレーニングし続けることをオススメする。これらにより、どんどんと自己客観視のできる、包容力や器の大きい人間になっていくことができ、松下幸之助のような大経営者への道が拓かれることだろう。
松下幸之助は、自らの哲学構築や、物事を考え進めていく際に「多くの人たちの知恵を集めること」と「天地自然の理と照らし合わせること(雨が降れば傘を差すというように当たり前のことを日々やっていくこと)」が重要であり、それには素直な心になることが前提であると述べた。そして、素直な心になるための一つの重要な手段として、多くの人に自己観照を説いていた。
心の問題を抱えることの多い、現代のビジネスマンだからこそ、心がけておきたいところだ。