獄中死について、ヤマロ・ネネツ自治管区の人権保護当局は事前に、ナワリヌイ氏側から健康状態に関する申し立てはなく、「突然死だった」との見方を示している。しかし、政権がナワリヌイ氏への敵視政策を取り、ことごとく支持者らの活動をも握りつぶそうとした過去の経緯から考えると、この死因についても「選挙を前にした暗殺ではないか」との大きな疑念が沸き上がるだろう。
政敵が抹殺されるロシアの歴史、プリゴジンも
ロシアはこれまでも、為政者に歯向かった者たちが命を奪われてきた歴史を有する。1930年代のソ連・スターリン指導体制の中で、1000万人以上の政敵らが犠牲になった大粛清など、枚挙にいとまがない。
プーチン政権についても例外ではない。ウクライナでの軍事行動をめぐり、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長を尽く批判してきた露民間軍事会社「ワグネル」の創設者、エフゲニー・プリゴジン氏は昨年8月に、プライベートジェット機の搭乗中、墜落死した。
プリゴジン氏はその2カ月前、武装蜂起をしたが、モスクワに到着する寸前に鎮圧された。ウォールストリート・ジャーナルによれば、この死をめぐっても、プリゴジン氏の存在感が増すことを懸念したプーチン氏の最側近、パトルシェフ安全保障会議書記が暗殺命令を出した、のだという。
裏切り者は抹殺される。プーチンに逆らうものは罰を受ける――。
ウクライナ侵略が継続されるロシアで、その掟はますます強固なものになっている感がある。
なぜなら、戦争の敗北はプーチン体制の崩壊を招くからだ。政権は今、そのことをさせまいと二正面作戦を展開している。それは、ウクライナ南部・東部でウクライナ軍と戦う前線での作戦と、国内で政権の敵の動きを抑止する治安当局の作戦だ。
国内での作戦は「戦争に反対」などと声をあげる抗議集会参加者をこぞって拘束し、一網打尽にする取締りの強化や、政権の公式発表に盾突くメディアやジャーナリストを抑圧する言論弾圧も含まれる。反プーチンを封じ込める様子は、国営メディアで盛んに報じられ、国民への戒めのメッセージとなる。
世論調査によれば、プーチン大統領の支持率は80%を超え、盤石のように見えるが、この高い数字の一部は、そうした反体制派への弾圧を背景に、本音を言うことを控える人々の姿勢が反映されているはずだ。
一方で、プーチン大統領不支持の人々も13%ほどいる。単純にロシアの人口規模にスライドしてみれば、1300万人いる計算になる。ちょっとしたことで社会がぐらつけば、この不支持層は大きなうねりを起こし、プーチン体制にとって大きな脅威になる。政権の命を受けた治安当局が、反逆行為の小さな芽さえもつぶそうとしている背景がここにある。