2024年7月16日(火)

Wedge2024年4月号特集(小さくても生きられる社会をつくる)

2024年5月30日

 安田さんにとって、鳥獣害対策は、「持続的な地域づくり」をするための手段なのだ。だからこそ、地域住民を巻き込む範囲を拡大させていった。まずは、学校給食でイノシシ肉を使い、食育を行った。子どもが関心を持てば大人の関心も高まるというわけだ。

 続いて、「おおち山くじら生産組合」を結成した。ここでも補助金頼みではなく、組合員として一人1万円を出してもらう形にした。自腹を切ることが、「自分事化」への第一歩であるとともに、この取り組みに本気で参加する人をふるいにかけることもできるからだ。「3年後には、皆さんに1万円を返金できるようにする」という公約も実現した。

 婦人会も巻き込んだ。全国からの視察が増える中で、その様子を婦人会のメンバーにも見学してもらい、案内役を担ってもらうようにした。そこから、情報交換の場として「青空サロン市場」が生まれた。毎週水曜日の朝7時、県道沿いに、住民が自ら建てた木造建屋におにぎり、おはぎ、ピザ、お好み焼きなどを作って集い、コミュニケーションをとる。

 各人が育てた野菜や果物を販売できるようにもした。今年で15年続く「たまり場」となっている。

 さらに、イノシシ肉を加工して、地域の飲食店など向けにメニュー開発を行う「おおち山くじらクラブ」、皮革をペンケースや名刺入れなどに加工する「青空クラフトグループ」も生まれた。「行政からの補助金頼みではなく、住民活動、つまり『仕組み』にしてしまうことで持続性を実現することができるのです」(安田さん)。

左から「青空クラフトグループ」の前河さん、安田さん、塩田さん。

鳥獣害から
新たな人々が町にやってくる

 2月14日水曜日の早朝、小誌取材班は「青空サロン市場」を訪ね、朝食をいただいた。ふるまって下さった女性は「ここに来ると皆さんの顔が見えますから。いつも参加する人が来ていないと『どうしたのかな?』という安否確認にもなります」と教えてくれた。さらには「お土産にどうぞ」と、八朔とブンタンまでいただいた。「甘くて美味しいのに一つ10円」と聞くと、こんなにも豊かな暮らしがあるのかと驚かされた。

青空サロン市場。豊かな食材と出会いが提供されている

 女性陣の中に青年の姿があった。大阪府吹田市に本社を置く、鳥獣害対策用各種器具の製造販売や総合的な対策を行っているタイガー社の社員、川島駿介さんだ。

美郷バレー課長の安田さん(右)と、タイガー社の川島さん。

 「皆さんとのコミュニケーションをとるために毎週参加させて頂いています。朝ごはんをご馳走になるのもありがたいですね。美郷町の特徴は住民一人ひとりの自主性が強いところだと思います」

 タイガー社は、2021年4月に美郷バレー協定企業として町内に営業所を開設した。中国地方の事業拠点にすると同時に、駐在する社員は地域づくりにも参画している。


新着記事

»もっと見る