世界遺産登録で救われた屋久杉
秋田杉が枯渇すると、出世コースは熊本営林局長に移った。熊本営林局は九州・沖縄の国有林を管轄する。
管内には今は世界遺産になった屋久島の森林がある。周囲100キロメートル(km)の円形の島で、最高峰の宮之浦岳(1936m日本百名山)は九州の最高峰でもある。
黒潮で暖められた水蒸気は上昇気流に乗って屋久島を駆け上がると雲になり、月に35日降るという大量の雨で屋久杉(樹齢1000年以上のものをいう)が育つ。往時は2つの営林署があって屋久杉を伐採して、熊本営林局のドル箱だった。
天然秋田杉が緻密で平行な年輪(柾目(まさめ))を特徴にしているのに対して、屋久杉は年輪が緻密で模様が複雑に変化した杢(もく)が特徴で、油分が多くて独特の艶があり、腐りにくい。おもに天井板や工芸品の原材料として珍重されてきた。
伐採は進んだが、幸いなことに資源の枯渇まではいかず、残された屋久杉の伐採は禁止され、1993年に世界自然遺産に登録された。現在出荷されているのは、倒木となったいわゆる土埋木(どまいぼく)(写真3)である。
宮之浦岳の登山道のかなり上部には、屋久杉の代表で樹齢3000年といわれる縄文杉やウィルソン株(豊臣秀吉が京都の方広寺大仏殿(京の大仏)造営のために伐らせた屋久杉の切り株)があって足に自信のある方にはおすすめであるが、一般の観光でも屋久杉ランドでさまざまな形態の屋久杉を十二分に楽しむことができる。
それにしても屋久島の特異さには驚きしかない。林道の法面や側溝にも実生(みしょう)のスギが生えている。他の地域なら乾燥に強いアカマツなどが生えるところだが、雨の多い屋久島ならではの現象である。こういう地域の特質と樹木の性質をうまく利用すれば、天然林施業によって独自の森林を再生できるはずである。
美林と林業技術
国有林野事業による美林の消滅を指弾するつもりだったが、わき道にそれた。せっかくだから、ここで美林をめぐる林業技術についてお話ししたい。
まずは木曽ヒノキである。長野県の木曽谷と裏木曽といわれる岐阜県中津川市に広がる御嶽山の周辺部で、江戸時代には名古屋の尾張藩領だった。ここに産する木曽ヒノキは良木で伊勢神宮の式年遷宮の御造営用材に使用されていることで名高い。
尾張藩では、当初過伐で荒廃していた木曽山林に伐採制限をくわえて、木曽五木(ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ、コウヤマキ)を保護した結果、美林に育った。その経緯は面白いが長くなるので割愛する。
明治以降皇室財産である御料林となるとさらに厳しい保護政策がとられたが、戦後国有林になると御多分に漏れず長野営林局のドル箱として伐採が進んだ。それでも木曽ヒノキが残存している面積は、天然秋田杉に比べれば格段に広く、御造営用材も含めて現在でも伐採されているようだ。