「訳あり物件」の告知義務
『瑕疵借り』*1という小説があります。不動産屋からの依頼により瑕疵物件(いわゆる、訳あり物件)に住み込むことを業としている主人公・藤崎が、訳あり物件になったさまざまな原因・理由に切り込んでいく短編小説です。
小説の中では、原発関連死、賃借人失踪、謎の自殺、家族の不審死など、いろいろな「訳あり」の原因が登場します。大家さんは、借り手がつかなくなってしまうのを恐れるのですが、他方で、「訳あり」を説明しないで、あとから責任を問われるのも避けたい。そこで、その「訳あり」を洗浄する(=瑕疵のない物件にみせかける)ために、藤崎に依頼するのですが─。
では、大家さんは、そのような「訳あり」について、新たにその部屋を借りたい人に、どこまで詳しく告げなければならないのでしょうか? その半年前に賃借人が部屋の中で自殺した場合はどうでしょう? 自然死だったけれど長期間放置されていた場合は? 同じアパートの2階上の部屋から飛び降り自殺があった場合は?
明確な法律上のルールがあるわけではありませんが、国土交通省から、2021年に、今までの裁判例や取引実務に照らした「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」が公表されました。なお、前の借主の自殺に関する告知は、善良なる管理者の注意(民法644条)*2として義務付けられています。
*1 訳あり物件を題材に、誰にでも起こりうる問題を描いた賃貸ミステリー。松岡圭祐『瑕疵借り』講談社文庫
*2 【民法644条】受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。
「敷金」の返還をめぐるトラブル
先ほどの広告例をもう一度見てみましょう。その中に、「敷金/1ヶ月」という記載があります。ここでいう、敷金とは、どのような料金なのでしょうか。
敷金とは、法律で、「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」と定義づけられています(民法622条の2)*3。
簡単に言うと、賃借人が賃料不払いなどをするリスクを考えて、それに備えて賃貸人が、あらかじめ賃借人から一定程度の金銭を預かっておくのです。そして、何か賃借人が借りている物を壊したり、賃料を払わなかったり、契約内容を破って賃貸人に損害が生じたときには、敷金からそれを回収することができるのです。敷金を預かる約束(敷金設定契約)は、してもしなくてもよいのですが、賃貸人にとっては、敷金があったほうが安心です。
ここで重要な点は、賃借人が賃貸人に損害を与えていなければ、原則として、敷金は、全額返還されるべき金銭であるということです。敷金の返還をめぐっては、賃貸人と賃借人の言い分が食い違って、以前から頻繁に争われていますが、基本的には返ってくるお金であるということから出発すべきです。
*3 【民法622条の2】①賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
1 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
2 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
②賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。