2024年7月1日(月)

勝負の分かれ目

2024年6月22日

 周囲の期待が高まる中で、次の構想がない状況で、高まる期待への重圧に耐えられるのか。そう考えてしまったが、羽生さんは違った。「いまは何もない」という言葉から、次に何かのアイデアを取っておくような公演はしていない、という意思表示に思えた。

 自分が考え、絞り出したアイデアはすべて具現化し、目の前の公演に全力で挑む。一つずつの演技に現役時代から120%のエネルギーを注いできた羽生さんは、プロデュースにおいても、余力は残さない。だから、ツアーやショーが終わったばかりのときには、頭の中が「何もない状態」でも当然のこととして受け止めているのだろう。

 構想はなくても、経験という財産は手中にある。だからこそ、何もない状態からでも、次を作っていくことできるということが、プロとしての矜持なのかもしれない。

 「何もないからこそ、つくらないといけないですし、つくり出していくからこそ、難しさはもちろんありますが、楽しく、面白いのだと思います。いま、求められているのは、ざっくり言えば『いいもの』なんですよね。具体性がないけれども、僕が求められている『いいもの』って何なのか──。それを自分が『無』から作っていくことを、みなさんが望んでくださっているんだと思います」

 過去の再現ではなく、「無」から作り出す新しく、そして求められている「いいもの」──。単独公演という発想に驚かされた「プロローグ」から、まだ1年半も経っていないのに、次を求める期待は常に高くある。羽生さんは応えるように、想像を超えるスケートと表現で新たな世界を生み出していく。

多くの人たちに驚きを与えた単独公演「プロローグ」(Kenta Harada / gettyimages)

今も「羽生結弦という存在は重荷」なのか?

 筆者は、羽生さんがプロに転向することを表明した2022年7月の記者会見で、羽生結弦という存在はご自身にとってどんなものだったかを質問した。羽生さんが打ち明けてくれた「羽生結弦という存在は常に重荷でした」という言葉はいまも脳裏に焼き付く。

 このインタビューでは、プロになってから羽生さんが自らの存在をどう感じているかを知りたくて、同じ質問をした。

 「ハハハ、重いですよ。やっぱり、それはすごく重いと感じていて、競技者時代から変わっていないですね。ですが、自分自身が、皆さんの期待に応えられるかという怖さだったり、実際、応えられているのかなという不安だったり、そういう思考がいまも絶えずありますが、きっとその思考がなくなってしまったり、重荷だと思わなくなったりしたら、そのときが自分の限界だと思います。

 僕はまだ、みなさんの期待に応えられる理想像が見えていて、そこを目指したいと思えています。つまり、自分の中でのポテンシャルが(手を上のほうへ動かして)まだここまであるのではないかと思えるからこそ、不安が生じたり、あるいは、まだこれしかできていないから応えられるかもしれないという怖さがあるのだと思います。

 進化を続け、理想へ届けていくにはものすごく大変ですが、そこを目指す気持ちが、いわゆる原動力の一つになっていると思って受け止めています」


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