プーチン演説の虚妄
3月にモスクワ郊外で発生したコンサートホールでの大規模テロ事件では、実行犯として拘束されたのは旧ソ連・タジキスタンの若者らだった。そして、同事件をめぐり、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」と関係を持つとされる組織、「ISホラサン州」が犯行声明を出していた。6月のダゲスタンでのテロも、ISホラサン州が犯行声明を出したと報じられている。
ロシアのプーチン大統領は4月上旬、「ロシアはイスラム原理主義の攻撃の対象となることはあり得ない。ロシアは異なる民族、そして宗教間において、たぐいまれなる調和と団結を示しているからだ」などと述べ、「事件の発生を命じた者には、ロシアの〝団結〟を阻害する狙いがある」などと主張してみせた。あくまでも、ロシア側には問題がないとのいいぶりだが、繰り返されるテロ事件を見れば、プーチン氏の発言は極めて根拠が薄いことが浮き彫りになる。
ダゲスタンでの6月のテロ事件をめぐっても、ロシア政府高官らは繰り返し、ウクライナや西側に扇動されたものだとの主張を繰り返した。しかし、そのような見方は問題の本質を見誤せるものだとして、ロシアの元政権幹部からも批判が出ている。
本質的な対策を取らなければ、再び深刻なテロ事件が発生することは疑いないとの懸念からの言葉であることは間違いない。
治安維持にほころび
当初は数日で終わると想定していたウクライナ侵攻は、すでに約2年半も続いている。ロシアは、国内のあらゆる資源を戦争に投下する必要に迫られており、国内で続くテロ事件は、治安維持の面でのほころびを浮かび上がらせているのが実情だ。実際には、ロシア国内でのテロ未遂事件が繰り返し発生しており、海外の治安機関の協力も仰ぎながら、ようやくテロを防ぐことができていた。
ロシアがイスラム過激派の標的になることはない、とのプーチン氏の発言は、1990年代の混乱からロシアを救い、国に安定をもたらしたとの評価で国民の支持を固めてきたプーチン氏のプロパガンダに沿ったものだ。その事実が崩れれば、政権には厳しい打撃となる。
イスラム教徒が多数派を占める中央アジアの旧ソ連諸国やカフカス地方は〝ソ連のやわらかい脇腹〟と称され、政治体制の不安定さや、住民の中央政府への忠誠心が疑問視されてきた地域だ。ソ連、またその後のロシアは常に、これらの地域に対して慎重な対応が求められてきた。
90年代のチェチェンでの戦争や、国内で相次いだテロ事件を知る多くのロシア人にとり、これ以上の問題の広がりは決して看過できない。プーチン政権は、厳しい局面にさらされている。