2024年7月16日(火)

BBC News

2024年7月13日

ニック・ソープ BBCブダペスト特派員

ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相は、独自の平和案を持たないまま、ここ2週間というもの、キーウ、モスクワ、アゼルバイジャン、北京、ワシントン、さらには米フロリダ州のマール・ア・ラーゴまで、矢継ぎ早に歴訪して回った。その単独の行動に、欧州連合(EU)やアメリカの首脳たちは激怒している。

「ロシアとウクライナの戦争は、放っておいても平和は自然と実現するというものではない。誰かが平和を作らなくてははらない」。オルバン首相はフェイスブックに連日投稿する動画で、こう繰り返している。

オルバン氏はEUと北大西洋条約機構(NATO)の結束を破り、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領や中国の習近平主席にすり寄っていると、EU首脳部とアメリカ政府はどちらも、その行動を厳しく非難している。

平和を作る「ピースメイカー」がいなければ平和はあり得ないという、オルバン氏が掲げる大前提に異論を唱える者はほとんどいない。しかし、ロシアとハンガリーは経済関係が緊密なだけに、オルバン氏はプーチン氏の操り人形だと非難されてしまうすきがある。

右派のハンガリー首相は、特定の期限までに停戦を実現するという取り決めが、和平への第一歩になると主張する。

オルバン氏は今月、キーウでウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談し、続いてモスクワでプーチン大統領と会談した。その合間にブダペストに立ち寄った際、ハンガリーのラジオに首相はこう言った。

「誰かの代理として交渉しているわけではない」と。

ハンガリーは今後6カ月間、持ち回り制のEU議長国を務める。

今月2日のキーウ訪問は、ロシアによるウクライナ全面侵攻が始まって以来、初めてだった。その3日後にはモスクワを訪れた。EU首脳によるロシア訪問は2022年4月以来、初めてだった。オルバン首相のこのモスクワ訪問は、他のEU首脳を明らかに怒らせた。

EU加盟国27カ国で構成される欧州理事会のシャルル・ミシェル議長は、EUを代表してロシアとかかわる権限は、持ち回りの議長国に与えられていないと言明した。

オルバン氏はそれを認めつつも、「自分は事実関係をはっきりさせようとしている(中略)いろいろと質問しているのだ」と力説した。

キーウでは、「(ゼレンスキー大統領の)意図を理解できるよう、越えられない一線は何なのか、平和のためにどこまで彼は動くことができるのかを理解できるよう」に、大統領に「三つか四つ」の質問したのだと、オルバン氏は説明した。

オルバン氏はまた、中国の習近平主席とトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領も、大いにたたえている。中国とトルコのどちらも、ハンガリーと協力関係にある。

ワシントンで開かれたNATO首脳会議に出席したエルドアン大統領と会談した際、オルバン氏はエルドアン氏について、「これまでにただ一人、ロシアとウクライナの間に合意を成立させた」とたたえた。これは、すでに無効になった黒海経由の穀物輸送合意を念頭においた発言だった。

中国国営メディアによると、オルバン氏は習主席について、「中国は平和を愛するだけでなく、(戦争解決のために)建設的で重要なイニシアティブを次々と打ち出している」と称賛したという。

せわしなく続いた各国歴訪の最後に面会したのは、ドナルド・トランプ前米大統領だった。かねて親しい前大統領の再選をオルバン氏は強く支援し、前大統領を「平和の人」と呼んでいる。

トランプ前大統領は在任4年間で「一度も戦争を起こさなかった」と、オルバン氏はインタビューで主張したこともある。

人口970万人の東欧の小国の指導者は今回の各国歴訪を通じて、かつてないほど国際的な脚光を浴びた。しかし、これは誰を感心させるためのものだったのか。そして、何かしらの効果はあるのか。

首相が何よりアピールしたい相手は、ハンガリー国民だ。

オルバン氏の2024年はこれまでのところ、あまり芳しくない。2月には、党内で最も著名な女性政治家2人がスキャンダルのために失脚した。加えて、もう10年以上も対抗馬のいないまま権力を掌握してきたオルバン氏を脅かしかねない、本格的な挑戦者が登場している。マジャル・ペテル氏のことだ。

6月の欧州議会選では、オルバン氏率いる「フィデス・ハンガリー市民連盟」が得票率45%で圧勝した。マジャル氏率いる結党3カ月の「ティサ(尊重と自由)」は30%だった。

それでもオルバン氏は、2022年に行われた前回の議会選と比較すると、支持者4人のうち1人に相当する70万票以上を失ったことになる。

オルバン氏の無敵イメージが初めて崩れたのだ。

それだけに、自分たちの首相は今も強力だと国民に示すには、「平和を実現するため」に国際舞台を飛び回るのは、うってつけの手段だったといえる。

強いことを示すには、「平和を実現するため」の世界ツアーで世界の舞台をパレードするのが一番だろう。

オルバン首相は、国際社会へのアピールも意図していたはずだ。欧州議会で新たに結成した会派「欧州のの愛国者(PfE)」には、主に11カ国の極右政党から84人もの欧州議会議員が参加。これによって、イタリアのジョルジア・メローニ首相が率いる右派政党が入る「欧州保守改革(ECR)」を抑えて、第3勢力になった。

オルバン氏のモスクワ訪問は、ロシア側からは絶賛された。ロシア大統領府(クレムリン)のドミトリー・ペスコフ報道官は、「我々は非常に前向きに受け止めている。非常に有益だと考えている」と評価した。

アメリカはあまり感心しなかった。

「ウクライナの主権を尊重する必要があり、ウクライナの領土保全を尊重する必要があると、ロシアに明確に示すための、中身のある対ロ外交はもちろん歓迎する。しかし、今回の訪問はまったく、そういうものではなかったようだ」と、米国務省のマシュー・ミラー報道官は述べた。

一方でアメリカは、ロシアによる全面侵攻が始まって以来、オルバン氏が初めて隣国ウクライナを訪問したことは歓迎した。

キーウ、モスクワ、北京で、実際に首脳会談で具体的に何を話したのか、オルバン氏はほとんど明らかにしていない。

だが、アゼルバイジャンからミシェル欧州理事会議長にあてたオルバン氏の手紙の内容が明らかになっており、それがヒントを与えてくれる。

この書簡の中でオルバン氏は、プーチン大統領は停戦に前向きだが、ウクライナが前線で軍隊を再編成する機会を与えないことが条件だと書いている。

その3日前の7月2日には、ゼレンスキー大統領がキーウで同様の主張をし、ロシアは侵攻軍を再編成するために停戦を悪用するはずだと、オルバン氏に話したのだという。

リークされたこの手紙の内容によると、プーチン氏はさらにオルバン氏に、「時はロシア軍に味方する」と話したという。

この数日後にワシントンに到着したオルバン氏は、フェイスブックに新しい動画を投稿し、「(NATOは)当初の精神に戻るべきだ」と主張するつもりだと話した。つまり、「NATOは自分たちを取り巻く戦争に勝つのではなく、平和を勝ち取るべきだ」というのが、オルバン氏の言い分だった。

NATOの他の同盟諸国と異なり、オルバン氏はロシアが2年半前からウクライナで続ける戦争は、二つのスラヴ国家同士の内戦で、その片方をアメリカが支援するから長引いているのだ――と考えている。

ただし、秋になればこの紛争はいっそう悪化するというその一点については、他のNATO加盟国とオルバン氏はおそらく一致している。

それだけに、11月の米大統領選でトランプ氏が勝利すれば、ウクライナとロシアは交渉のテーブルにつかざるを得なくなる――と、オルバン首相はそう考えているのだ。

(英語記事 Orban goes global as self-styled peacemaker without a plan

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/ceqdv56v258o


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