2024年7月17日(水)

BBC News

2024年7月17日

アリーム・マクブール、BBC宗教担当編集長

過去2回のイギリス総選挙で、有権者の投票動向は実に大きく変化した。全体を見てもそうだが、特に国内の二つのグループについて深く掘り下げると、驚異的な変化が見て取れる。

特に大きく変化したのは、労働党とムスリム(イスラム教徒)有権者の関係だけでなく、労働党とユダヤ系有権者の関係だ。

労働党はひとつの宗教の信者について、信頼を回復してきた。しかし、別の宗教の信者たちについては、信頼回復のための課題山積という状態が、いきなり降りかかっている。

2019年の前回総選挙と今回の総選挙を比べると、ムスリム系有権者の労働党の得票率は、複数の選挙区で明らかに低下した。とりわけ影響が劇的だったのは、イングランド中部レスター・サウス選挙区だった。ムスリムが人口の30%近くを占めるこの選挙区では、労働党の影の主計長官だった現職ジョン・アッシュワース議員が、無所属の新人ショカット・アダム候補に敗れて落選した。

同様にムスリム人口の多いイングランド北部のデューズベリーおよびバトリー選挙区、同中部バーミンガム・ペリー・バー選挙区、同北部ブラックバーン選挙区も、かつては労働党にとって安全な選挙区だったはずが、今回は無所属候補がそれぞれ勝利した。

イングランド北部ブラッドフォード・ウエスト選挙区や、ロンドン東部のベスナル・グリーンおよびステップニー選挙区では、現職の労働党議員がなんとか議席にしがみついたものの、得票数を驚くほど大幅に減らした。

イングランド中部ウォルソール出身のミッシュ・ラーマン氏は、普通のムスリム有権者ではない。彼は現在、労働党全国執行委員会(NEC)の40人弱の委員の一人だ。

そしてラーマン氏は、パレスチナ自治区ガザ地区で何万人もが殺害され、人道的危機が起きている事態への、労働党の対応に激怒している。

「自分の周りでは労働党への怒りがあまりに強く、今では自分が労働党関係者だというのが恥ずかしくなるほどだ」と、ラーマン氏は言う。

「昨年10月7日の恐ろしい攻撃について、労働党は当初、イスラエルはどう反応してもかまわないと白紙委任したに等しかった。そんな党に投票してくださいと、戸別訪問で地元の人に働きかけてほしいなど、とても言いづらかった。頼む相手が自分の親類縁者でさえ、しんどいことだった」

労働党に投票するイスラム教徒が減ったのは、まぎれもなく労働党党首の責任だと、ラーマン氏は言う。

労働党党首のサー・キア・スターマーは昨年10月、英メディアLBCのインタビューで、ガザ地区内で電力や水の供給を止める「権利」がイスラエルにはあると発言し、地方議員を含む多くの党内関係者に批判された。党首の報道官は後日、スターマー氏イスラエルには全般的な自衛権があると言おうとしただけだと説明した。

続いて昨年11月、スコットランド国民党(SNP)がガザの即時停戦を求める動議を下院に提出すると、労働党の執行部は採決を棄権するよう所属議員に指示した。これを受けて、労働党の地方議員が数人辞任した。そして、多くのイスラム教徒にとって、自分の選挙区を代表する労働党下院議員への信頼はこれで失われてしまった。

もちろん、同じ宗教を信仰するからといって信者は決して一枚岩ではない。信者コミュニティーを構成する一人一人が、それぞれどう投票するかを決める要因は多種多様だ。それでも、広い意味での投票傾向に反映されるという意味で、宗教は独自の検討材料を浮き彫りにする。

イスラム教徒はイングランドとウェールズの人口の約6.5%を占めると推定される。同様にスコットランドでは約2%、北アイルランドでは約1%だ。

そのイスラム教徒の80%以上が、2019年には労働党に投票したと考えられている。それに対して、2024年の選挙直前の調査では、ムスリムの労働党への支持率は全国的に最大20ポイント低下した。それよりさらに低下したことがはっきりしている選挙区もある。

ユダヤ系有権者の信頼は回復

ユダヤ系有権者の投票データと比べると、その違いはこれ以上ないほどはっきりしている。2019年の総選挙では、ジェレミー・コービン党首(当時)率いる労働党に投票したユダヤ系有権者(人口の約0.5%)の割合は、わずか一けたに激減したとされている。それが今回の選挙では、支持率が40%超に回復した可能性がある。

「ユダヤ系有権者の間で、労働党の支持率が大幅に回復した」。イギリスの「ユダヤ人労働運動」の全国幹事を最近まで務めていたアダム・ラングルベン氏はこう話す。

ラングルベン氏は元労働党の地方議員で、現在は「プログレッシブ・ブリテン(旧プログレス)」の代表だ。ロンドンのフィンチリーおよびゴールダーズ・グリーン選挙区、ヘンドン選挙区、さらにはグレーター・マンチェスターのベリー・サウス選挙区など、いずれもユダヤ系住民が多い選挙区で労働党が勝利したことを、ラングルベン氏は強調する。

「ユダヤ系有権者が戻ったことで、労働党は議席を得た。それは間違いない」と、ラングルベン氏は言う。

「こうした選挙区で勝つために、ユダヤ系有権者の過半数の票は必ずしも必要ない。それでも、ユダヤ系の7%しか支持しない政党が、勝てるはずもない」

ラングルベン氏はかつて「ユダヤ人労働運動」の幹部だったが、多くのユダヤ系党員がそうしたように、コービン時代に党員資格を返上した。2019年に離党した際にラングルベン氏は、「反ユダヤ主義者が党を率いている」からだと理由を説明した。当時の党幹部は、そのようなことはまったくないと強く否定していた。

「当時の状況はそれ一色だった。ユダヤ人が多く住む地区で、労働党への支持を呼び掛けて戸別訪問していると、玄関先で涙を浮かべながら、ジェレミー・コービンに投票できるわけがないと言う人たちがいた。私は一人の人間としてひどい矛盾を抱えながら、それをどうにかしようとしていた」

コービン氏の問題は、人付き合いが無分別だったことと、労働党の支持基盤にいる過激分子に対応しきれていなかったこと、そしてその過激分子がお約束の反ユダヤ的表現を使うのを容認したことだと、ラングルベン氏は言う。

「これに対してキア・スターマーは党首になった初日から、労働党内の問題に対処するため、ユダヤ人コミュニティーと協力すると誓った。彼にとっては、党内の過ちを正すことは、個人的な使命だった」とラングルベン氏は話す。

ただし、スターマー氏は、党首時代のコービン氏を一貫して支持していた。それだけに、今回の総選挙に向けて国内各地のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)やコミュニティーセンターで開かれた候補者演説会では、多くのユダヤ系有権者が、なぜ今の党首は信頼に値するのか、労働党の候補者を厳しく問い詰めた。

「ユダヤ系の票は今では割れている。それは、そうあるべき姿だ。今回の選挙結果で、労働党はユダヤ系が圧倒的に支持する政党はないことが明らかになった。それは健全なことだし、それでもなお、労働党が大きく変身できたことを示している」とラングルベン氏は言う。

では、ユダヤ系の間の労働党不信は、今なお明らかに残っている一方で、一部のユダヤ系イギリス人の間で労働党への見方が変わったのは、なぜなのだろう。

10月7日の攻撃に対するイスラエルの対応を、前の執行部ならひどく非難しただろうと思われるのに対し、今の執行部の批判は比較的冷静だったというのが、ユダヤ系有権者の反応に影響したかもしれない。

しかしそれよりもずっと前に、信仰など「保護特性」に関する苦情に対する党の対応は変化していたと、ラングルベン氏は言う。さらにそれとは別に、復党して良かったと思えることがあるという。

「何より決定的だったのが、ジェレミー・コービンの党員資格が停止され、さらに党の公認を取り上げられたことだ。つまり、キア・スターマーがいかに本気か、これで明らかになった。それまで対決するつもりのなかった党内勢力と、自分は党首として対決するのだと、決意と意志を示した瞬間だった」

コービン氏の党員資格停止。前出のラーマン氏も、これを重要な分岐点として特筆する。スターマー党首の下、労働党のさまざまな勢力が最初に大きく衝突したのが、この時だったと。

ラーマン氏は実を言えば、イギリスが支援した2003年のイラク侵攻に向けて、コービン氏が主導した「戦争をやめろ」運動の時代から、コービン氏に感銘を受けていた人間だった。そのラーマン氏はコービン氏の党員資格停止について、ラングルベン氏と正反対の反応をした。

自分が信じる価値を、党幹部は守ろうとしていない。この時、ラーマン氏はそう警戒するようになった。

労働党の反イスラム的な傾向は、ガザでの出来事への対応に限ったものだとは、ラーマン氏は考えていない。党内に深刻な反ユダヤ主義の問題があったことはその通りだと思う一方で、すべての人種差別の告発が党内で平等に扱われているとも思っていない。

「労働党には明確に、人種差別のヒエラルキーがある。イスラモフォビア(イスラム嫌悪)も含めて、人種差別のいくつかの形は、正しく真剣に受け止められていない」

トニー・ブレア政権下でイギリス政府の平等人権委員会(EHRC)の議長だったトレヴァー・フィリップス氏が、2020年から2021年にかけて、イスラム嫌悪を理由に労働党の党員資格を停止されたことを、ラーマン氏は例として挙げる。

フィリップス氏は当時、イギリスのムスリムは「国の中にまた別の国」を形成していると述べ、それ以前には「(ムスリム系イギリス人の)意見は、それ以外の全員の意見の重心からいささか離れている」と発言していた。ただし、フィリップス氏本人はのちに、これは必ずしも批判ではなかったと述べている。

フィリップス氏は2021年、調査委員会の対象にならないまま、復党した。

ラーマン氏はさらに、他の多くのイスラム教徒と同様、選挙戦の最中のスターマー首相自身の発言も例に挙げる。英タブロイド紙サンが行ったライブ配信の中で、スターマー党首は出身地に強制送還される移民について言及していた。

「現時点では、バングラデシュなどの国から来る人たちは、その入国申請に当局が対応していないせいで、送還されていない」のだと、スターマー氏は当時述べた。

「(ムスリム)以外の人について、同じようなことを労働党が言うなど、想像できないはずだ。イスラエルやウクライナや香港から来た人たちを、強制送還するなどと言うはずがない。そんなことはあり得ないし、あってはならない」と、ラーマン氏は言う。

労働党の対応にあまりに幻滅したラーマン氏は、ムスリムの扱い全般への懸念と相まって、労働党に対して深刻な告発を発している。

「今の労働党は組織として、イスラムを嫌悪している。そのことを私は一瞬たりとも疑っていない」

労働党が政権与党でいる間に、自分の発言力を駆使して、労働党の偽善を指摘したいというのが、ラーマン氏の思いだ。それによって党が、今回の選挙の教訓を学んでもらいたいと願っているからだ。

今回の選挙の教訓とはつまり、有権者を決して軽んじてはいけない、支持されて当然などと勝手にあてにしてはいけないということだ。

ラーマン氏はかつて一度、労働党から離党したことがある。イラク戦争におけるブレア首相(当時)の役割に抗議してのことだ。

その後、2014年に当時のエド・ミリバンド党首が、ガザ地区におけるイスラエルの作戦行動と数百人の民間人の犠牲を非難したことでで、ラーマン氏や多くのムスリムが労働党に復帰した。

しかしこの時もやはり、ラングルベン氏はユダヤ人有権者を戸別訪問しながら、まったく違う光景を目にしていた。

確かにミリバンド氏自身がユダヤ系なのだが、この時期はユダヤ系の労働党支持が急減している時期でもあった。特に2015年の党マニフェストが、英下院によるパレスチナ国家承認の決議を話題として取り上げたことが影響した。

「イスラエルの問題を本当に重視するユダヤ系有権者との会話は時に、実にひどいものだった」と、当時を振り返ってラングルベン氏は言う。

「2015年には、労働党は反ユダヤ主義だという非難されていた。けれども当時の労働党は根本的に、反ユダヤ主義とは何なのかを見誤っていたと思う。当時は主に、イスラエルが外交課題として問題になっていた。しかし、それが2019年になると、特定の極左的な反ユダヤ人種差別が、話題の中心になっていた」とラングルベン氏は言う。

コービン時代の労働党執行部を支持する人たちにとって、イスラエル批判が反ユダヤ主義といっしょくたにされたという感覚は、コービン時代に起きたことだった。

イスラム組織ハマスによる2023年10月7日のイスラエル攻撃は、労働党の全国党大会の最中に起きた。自分たちユダヤ系の代議員が厳しく苦しい思いをしているさなかに、通常の政治業務がそのまま続くのを見るのは、奇妙な経験だったとラングルベン氏は言う。

結局のところ、イギリスとアメリカの両政府の姿勢に、労働党が同調したことから、あの危機に対するスターマー党首の対応にラングルベン氏は満足している。

そしてまさに、だからこそ、今回の総選挙でラーマン氏は非常に厳しい思いを重ねたのだ。労働党のために戸別訪問を続けたラーマン氏は、ガザでのイスラエルの行動に怒り、激しい不満を募らせるムスリム有権者を訪れては、かつてないほど厳しいやり取りをせざるを得なかった。

「私たちのコミュニティーと労働党の関係がどういうものだったか、その歴史を振り返ってみると常に、私たちが一方的に党に忠誠を尽くしている状態だった」と、ラーマン氏は言う。彼の家族は祖父の代から、労働党を支持してきた。祖父は1950年代から1960年代にかけて工場労働者だった。そしてラーマン氏は今、「裏切られた」気がすると話す。

もちろん、ガザはイスラム教徒だけの問題ではないし、すべてのイスラム教徒が投票する際に考慮した重要事としてガザを挙げたわけではない。それでも、影響はあった。

同様に、すべてのユダヤ系有権者がイスラエルの政策を必ずしも重視して投票先を決めているわけではない。さらに、イスラエルの政策を重視する人の中でも、イスラエル政府を厳しく批判し、スターマー体制の労働党の対応を支持しない有権者もいる。

ここ数十年、ユダヤ系の票は人口全般の票とほとんど同じ傾向で二大政党の間を揺れ動いてきた。しかし、労働党とユダヤ人差別の問題をいったん横に置くと、イスラエルに対する労働党の姿勢は確かに、有権者の投票に影響している様子だ。

これとは別に、ラーマン氏とラングルベン氏はそれぞれ、ある時期の労働党は自分のコミュニティーに対して差別的だったと批判するものの、それは労働党の中東政策だけに関することではないと、どちらもはっきりと言う。

ユダヤ系への差別、あるいはムスリムへの差別があると言われるそのたびに、労働党が平等に対処していると全員が満足できる事態だったとしても、今の中東政策の厳しい状況を踏まえると、どちらかの信仰コミュニティーの関係者をまったく不快にさせない姿勢を政党が見つけるのはなかなか難しいことかもしれない。

労働党は、ユダヤ系有権者の支持を回復するために大きな成果を上げた。しかしその一方で、労働党に忠実な多くのムスリム有権者は政治的なよりどころがなくなってしまったと感じている。そして、党内文化と政策が近年大きく変化したことで、ユダヤ系とムスリムのそれぞれのコミュニティーで大勢が、党の本質について確信を失い、あらためて説得を必要としている。

(英語記事 Are deep shifts in Muslim and Jewish voting here to stay?

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c6p2lwz9zz0o


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