今次NATOサミットでの決定事項はすべて、ささやかとは言え前進ではある。しかし勝ち誇る理由にはならない。というのは、世界が冷戦初期と同じくらい危険で不安定に見える中にあって、米国がそれに対応できるリーダーを輩出することができるかどうかという問題があるからだ。
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南シナ海での中国の行動
集団防衛機構であるNATOとして、安全保障の観点から中国をどのように位置づけるべきかは、最重要課題の一つとして2019年頃から少しずつ議論されてきた。ただ当時はまだ加盟国間で認識にかなりの差があり、例えば19年のロンドン・サミット宣言では、中国は「機会と挑戦」の両方をもたらす存在とされていた。
しかしながらその後、中国に対する厳しい見方は徐々に広がりを見せ、21年のブリュッセル・サミットでは「同盟の安全保障」に対する「システミックな挑戦」とされ、その後はこの表現が維持されて今日に至っている。
ただ今次サミットのもう一つの大きな特徴は、以上のような中国固有の懸念に加え、ロシアとの「戦略的パートナーシップの深化」という「深刻な懸念」があることを、NATOの宣言文書の中で初めて明言したことである。
NATOによる中国に対する懸念はまさに「システミック」であり多岐にわたるが、政治・経済・軍事の重なりある主要な懸念の一つに、南シナ海における中国の一方的な行動がある。
南シナ海は太平洋とインド洋をつなぐ海域であり、同海を通航する貿易が全貿易に占める比率は英、独、仏、伊のいずれも10%前後で決して小さくない。中国の行動は貿易上、航行の自由の問題としても強く認識されているが、それだけではない。
中国が南シナ海のほぼ全域にわたって「歴史的権利」を主張し、同海の各所において滑走路、レーダー、通信施設等を建設の上、爆撃機、戦闘機等を着々と配備し、しばしば航行の自由を妨害してきた背景には、海南島にある中国にとっての戦略第二撃能力の要たる原潜基地を守り、有事にあっては同基地に配備された原潜の支障なき活動を確保するという、南シナ海の中国にとっての戦略的位置づけがある。
海南島の戦略原潜(Type094)は長らく射程約8000キロメートル(km)の弾道ミサイルJL-2を搭載、運用されているとみられていた。また中国は新たに射程1万2000km程度のJL-3を搭載する新型原潜(Type096)を建造中で、30年頃までに完成、配備するものとみられている。