最前線に送られる工兵部隊の任務とは
次に話を聞いたのは、咸鏡北道の某都市で行政機関に勤める男性だ。彼は、ウクライナに派遣される軍人と言葉を交わしたという。
「8月末だったと思います。私が暮らす街に数百人の人民軍部隊が列車で移動してきました。迷彩服を着ていましたが小銃など武器は持っていなかったので、水害での被災地復旧のために増援された部隊だと思いました。しかし、調整のために将校と話してみると、訛りで黄海道から来た部隊であることがわかったのです。
黄海道は韓国と接する前縁地帯でしょ? 普通、そこの部隊がよそに行くことはない。だから、『(ロシアに送られるのは)砲弾の次は軍人だ』という話が出ていたので、彼らがロシアに送られるってことを直感し異常事態だと思いました」
咸鏡北道は、ロシアと国境を接する日本海側の地域だ。他方の黄海(北・南)道は文字どおり黄海側に位置する地域で、北方限界線(NLL)と軍事境界線を挟んで韓国と接する。
現地協力者が指摘するとおり、前縁地帯に配置された部隊が移動することは稀だ。加えて、クーデターを警戒する北朝鮮では、所属する軍団の管轄地以外への移動には、金正恩氏の承認が必要になる。「異常事態」と感じた背景には、このような北朝鮮独特の事情があるのだ。
「部隊の将校を集めて酒宴を設けると、彼らは工兵で、武器や資材を積んだ列車が到着する翌日まで街にとどまることがわかりました。
軍の作戦について聞くことは憚られますが、酒が回った軍人の口から、『ロシア軍を支援するために最前線で戦闘任務に就く』『建物を建てたり、地雷を除去したりするのではなく、戦いに行くんだ』『一番怖いのは無人機だ』といった言葉が出てきました。
私が工兵だけが派遣されるのかと聞くと、『無人機の攻撃でロシアの工兵が死んでしまったから、プーチンが(金正恩)元帥に優秀な工兵を送って欲しいと懇願してきた』と強がっていましたが、内心は不安で仕方ない様子でしたね」
工兵とは、歩兵、砲兵、機甲兵に並ぶ陸軍4大兵科の一つで、その任務は前線で陣地を構築したり、地雷原を構築・処理したりする戦闘工兵と、後方で道路や橋の修復、施設を建築する建設工兵に分けられる。