その後、ワゴン車は停止し、車内からペンライトを当てて行方を追ったが、ヒグマは立ち止まることなく、森の中へ消えていった──。
相次ぐ出没で
過熱する報道
全国でクマ(ヒグマ、ツキノワグマ)の出没が相次いでいる。
環境省によると、2023年度はクマ類による人身被害の発生件数が198件に上り、219人が被害に遭い、そのうち6人が死亡している。これは、統計のある06年度以降で過去最多だ。また、昨年10月の人身被害の発生件数も過去最多となった。
出没すればするほど、メディアの報道も過熱する。しかも、クマ=恐ろしい動物の観点で報道され、人間に危害を加える可能性があるとして、最終的に「駆除された」という結論で終わるニュースが多い。
確かに、クマは驚くべき身体能力を持っている。
「クマは、山の中を歩きながら筋トレしているようなもの」
取材したある研究者がこう表現するように、エサを求め、険しい山道を四足歩行し、長い時には1日に何十キロ・メートルも移動するほどの健脚の持ち主である。
また、鋭いツメに大きな歯を持ち、時速50キロ程度で走ることもできるという。これはオリンピック金メダリストのウサイン・ボルト選手を超える速さであり、追いかけられた人間が逃げ切ることは容易ではない。
しかも、クマは一度食べたものに執着し、特に人間が食べるもの、人間が作ったものの味を覚えたらしつこく求めるようになる。
かつて、人間そのものが対象になったこともあった。これはヒグマの例だが、大正時代の北海道で、実際に起こった惨事をもとに描かれた吉村昭の『羆嵐』(新潮文庫)にはこう記されている。
「羆は肉食獣でもある。その力はきわめて強大で、牛馬の頸骨を一撃でたたき折り内臓、骨まで食べつくす。むろん人間も、羆にとっては恰好の餌にすぎないという」
もちろん、すべてのクマが人間を襲うとは限らないが、簡単に勝てる相手でないことは想像に難くない。