変わる枝打ちの価値
木目は、おおきく柾目(まさめ)と板目(いため)に分けられる。丸太の心(しん)を通して縦挽(たてびき)すると材面に縦方向に平行な木目ができる。これが柾目である。これに対して丸太の心を外して縦挽すると山型の木目が現れる。これが板目である。従来は、柾目が珍重されてきたが、好き好きであろう。
節と木目については、同じ針葉樹でも スギとヒノキではまるで考え方が違う。スギは、年輪がはっきりしているので、木目すなわち柾目にこだわった製材をする。柾目の柱を製材するには、末口30センチ(cm) 以上の大径材(尺上(しゃっかみ))を 4つに割って柱を4本採る。これを割柱(わりばしら)と呼ぶ。心を通る2材面は必ず柾目になる。もちろん無節になる可能性が高い。
これに対してヒノキでは、年輪がスギほど鮮明でないので、木目には拘らず、 心持ち柱を採る。構造上は心持ち柱の方が強度も高いので、直材であれば 2 階建て用の材長 6メートル(m)の通し柱を採る。もちろん無節材の価値は高い。だから、柱取りの林業を目指すならば、スギでは尺上の大径材、ヒノキならば心持ちの無節長材をねらった森林施業が有利である。
枝打については、心持ち柱をねらったヒノキでは効果的であるが、心持ち柱を意図しないスギでは必要性が希薄であった。また自然の状態でヒノキは枝落ちしにくく、スギは枝落ちする。さらにスギは樹幹から脇芽(側枝)がでることが多く、枝打したあとに脇芽が出たのでは意味がない。かつての総ヒノキの高級な和風建築は建築主の自慢であって、その高級部材の需要があってこそ、能率悪い枝打作業の意味があったのである。
前回まで述べた造林・保育作業は、樹木の成長や健全さを保つために必ず行わなければいけないものだったが、枝打は必須の作業ではない。枝打をしない林でも低い確率ではあるが、節の少ない個体も存在した。枝打は、その個体数を増やし人工林の価値を高めるための積極的作業と言える。
ところが、最近は建築様式が極めて単純化し、内部をクロス張りにするなどして、すっかり木地を見せるような内装ではなくなってしまった。したがって、木材に求められるのは強度、耐久性といった構造材としての性能で、節、木目や色といった装飾性は不要になって、国産材の価値を下げることになってしまった。
おまけに枝打は1本1本の樹木の枝を打ち落としていく作業だから、手数つまり経費がかかるので、ふつうの造林地では行わない。あえて無節の高級材生産を指向するならば枝打は必須の作業となるが、コスパの悪い作業となる可能性が高い。将来伐採時に無節材の価値が高いという保証はないのである。