いじめ防止対策推進法は精神科医の関与を求めている
筆者が同法に言及した付記を診断書に記す際、その法的根拠は以下の通りである。
同法は第8条において、「学校及び学校の教職員は、基本理念にのっとり、当該学校に在籍する児童等の保護者、地域住民、児童相談所その他の関係者との連携を図りつつ、学校全体でいじめの防止及び早期発見に取り組むとともに、当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する」としている。筆者のような医師は、「その他の関係者」に該当する。
また、ほかならぬ精神科医として、この法に関わる理由は、この職業が心身の健全な成長と人格の形成に関わるからである。同法は、その第1条において「いじめが、(児童等の)心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与える」ことを指摘している。当該児童がいじめによって心身の健康を損ない、人格の形成に悪しき影響を蒙(こうむ)っていることを証言できるのは、精神科医である。同法は、明らかに精神科医の関与を求めている。
本来イニシアティブをとるべきは学校
もっとも、本来、「関係者との連携を図」ることは、「学校及び学校の教職員」の責務のはずである。法第8条は、その点を明記している。医師が外から注意喚起などしなくても、学校が自ら進んで関係者と連携をとって事態の収拾にあたらなければならない。
なお、筆者が「学校」について語る場合、そこに強い選択バイアスがかかっている可能性はある。「学校という組織は一般的にいじめに対する対応が素早く、児童・生徒ないしその親からの被害申告があれば、直ちに同法に則った対応をとっている。しかし、ごく一部にそうでない学校があって、そういう学校の児童・生徒だけが筆者の外来を受診する。結果として、筆者の眼には、『学校という組織はおしなべていじめに対する対応が遅い』ように映ってしまう」という可能性である。おそらくそうなのであろう。そう信じたい。
医師は調査権限を持っていない
ともあれ、一部に、いじめ問題に消極的な学校があることは間違いない。それどころか、組織をあげて隠蔽しにかかっていると思われるケースすら、筆者は経験している。
筆者のところに来る被害者のほとんどは、学校に対して保護者とともにいじめ被害を訴えて、すでに数週間、数ヵ月が経過している。担任教諭に何度も働きかけをし、スマートフォンの通信記録や、いじめの事実を記した時系列データなどを用意し、根気強く学校側に対して対応を求めてきている。それでも学校は動かない。
「それはいじめではない」、「いじめの証拠としては弱い」、「加害者とされる生徒から聴き取りを行ったが、いじめの事実は確認できなかった」等を理由に、訴えを退ける。被害者としては、万策尽きたと思われたときに、Wedge ONLINEの記事を見つけて、それで筆者の外来に飛び込んでくる。