2025年5月16日(金)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2025年1月27日

 当時の日本では、メジャーリーグといえば、速い球と強打者の世界であった。ところが、実際は、それだけではなく、うまい守備や盗塁、巧みなバントなど、野球の深いところまで楽しむファンが多くいたのであった。つまり、イチローを評価する土壌はすでにあったのである。

 さすが野球の国といっていいかもしれない。むしろ、バリアを感じていたのは我々の方だった。

米国人を惹きつけた〝姿〟

 加えて、イチローの生き方が米国人ファンの心を打ったようにも見える。そこにはまず真剣でひた向きな野球に対する取り組み方がある。労働倫理といってよいかもしれない。常に早く球場入りして、ベストのコンディションで臨めるように入念なストレッチを行う。ベストの状態で試合に出続けること、そこにイチローはすべてを注ぎ込んでいた。

 ここに米国のもととなったピューリタン的倫理を米国人は見るのではないだろうか。19世紀後半以降の急速な工業化とそれに伴う表面は華やかできらびやかな文明に覆われる中、失われてしまった何かをこの東洋人に見出したのかもしれない。

 また、彼の謙虚さも米国人を惹きつける要素の一つだろう。最初のマリナーズ移籍時に、もともと日本で付けていた51番を提案されたとき、尊敬する偉大なプレーヤーであるバーニー・ウィリアムズが付けていた番号ということで、つけることはできないと固辞している。

 米国人と謙虚さはあまり結びつかないと思えるかもしれないが、意外にも米国人は謙虚さを好むのである。初の大西洋単独無着陸飛行を成し遂げたリンドバーグが、あれほどまでに米国でヒーローとして持て囃されたのは、その端正な顔立ちと成し遂げた偉業に加えて、彼が自分の偉業を讃えられても決して偉ぶることなく、慎ましく謙虚にしていたことがあったとされている。何もしていない者がだまっていても、無視されて終わるが、偉業を成し遂げた者が謙虚でいることは米国人も好きなのである。

日本の評価を高める存在

 そのようなイチローの存在は、米国における日本のイメージをよいものにするのに大きく貢献していると言えるだろう。では、本人はそのことをどう思っているのか。

 スポーツ専門チャンネルに対するインタビューの中で、ヤンキースでチームメイトだった名選手デレク・ジーターが語っている言葉が示唆的である。彼によれば、イチローは、無口で何も言わないが、常に「自分が日本人に対する見方を変える」という意識をもってプレーしているというのである。

 すなわちイチローは、普通にプレーしているだけでも十分に日本イメージの向上に貢献していると言えるが、それに加えて、日本人のあるべき姿を常に意識している。まさに日本の評価を高めてくれる稀有な存在といえるだろう。

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