日本企業は、今こそ、改めて自らが社会にどのような価値を提供したいのかを見定め、次の時代を発展させる新たな知識を組織的に創造していく必要がある。
組織における知識創造は、科学的アプローチと「暗黙知」的アプローチの相互作用によって成り立つ。これら二つのバランスが重要だが、重要なのは、「暗黙知」的アプローチがまず起点になる点だ。
人間は生来、意味づけと価値づけを探求する。理念化・数学化された自然科学が前提にする客観的事実をとりあえずはカッコに入れて、自分自身が直接経験している生き生きした多様な感覚の意味に集中し、その本質を過去・現在のあらゆる経験や知識、未来予測能力を総動員して概念化する。そこから他者との相互理解を通して普遍化を目指すことが重要なのである。
現実世界で眼の前で起きたことに対する体験や経験は、その瞬間や背景、文脈、人によって見え方や感じ方が違う。その主観的な感覚や思いの違いを言葉にすることから出発して、言葉を「物語り」として複数人で共有し、組織知としての形式知を創造し、実践を通じて組織内の複数人の身体知としての暗黙知に落とし込んでいくのである。
このような知識創造を組織的に行うプロセスとして考え出したのが「SECI(セキ)モデル」だ。SECIモデルは4モードで構成される。第一のモードは、絶えず変化する世界で、ありのままに現実を感知したり、感情移入し、相手の視点に立ったり、共感から自己の視点を入れて同感したりする「共同化」(暗黙知→暗黙知)。第二のモードは、対話を通じて本質をつかんだり、喩えや仮説で概念化したりする「表出化」(暗黙知→形式知)。
第三のモードが、関連概念を整合的につなげたり、組み合わせ、編集し、理論、物語り、数値に体系化したりしてさらに大きな組織知を生み出す「連結化」(形式知→形式知)、そして最後のモードが、状況に応じて、理論や物語りを実践し、身体化したり、新たな理論や物語りを創造するために試行錯誤したりして、組織の知を個人に落とし込む「内面化」(形式知→暗黙知)だ。
三つの過剰が奪ったムダ
「知的コンバット」を取り戻せるか
組織的知識創造プロセスにおいて重要なのは、繰り返しになるが、共感や直観が起きる「共同化」が組織的な知識創造の出発点になることだ。知識とは、人が関係性の中で主体的に創るものであり、個々人のコミットメントによる意味づけ、価値づけなしに、真の知識創造はできない。したがって、AI時代の今こそ、人間の共感や直観の能力はさらに価値を持つ。しかし「三つの過剰」は、「冗長性」(ムダ)を極端に奪い去り、組織構成員から「共同化」を行うための「場」や「時間」を奪い去った。
多くの成功企業では個人が自分の主観を全身全霊でぶつけあい、緊張感ある対話を通じて「われわれの主観」をつくりあげる「知的コンバット」が行われるような仕掛けが組織に内在している。ホンダには伝統的な「ワイガヤ」という生きた時空間を徹底的に共有して率直な対話を行う場があった。さらに、30年にもわたるホンダの航空機開発においては、リーダーの藤野道格社長が技術者同士での一対一の真剣な対話を促し、自らも実践したからこそ、「世界ナンバーワン」の小型ジェット機が生まれたのではないだろうか。
機動的な知識創造を可能にするのは、自律分散型組織である。官僚型ではなく、組織のどのレベルでも入れ子のような構造(フラクタル)だ。この自律分散型組織で鍵となるのはミドルである。トップの理想とフロントが直面する現実を、自ら連結点となって、動的にバランスさせていくのはミドルにしかできない。