その一端は『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』(中央公論新社、2015年刊)や、『「爆買い」後、彼らはどこに向かうのか?』(プレジデント社、2015年刊)などの書籍で紹介した。
それらの本にも書いたが、当時、中国人の間で「爆買い」が起こった背景には、①中国人が経済的に豊かになったこと、②ビザ発給要件が緩和されたこと、③廉価で高品質な日本製品があること、④円安元高になったこと、などの複数の要因があった。しかし、15年の訪日中国人はまだ約499万人と、コロナ禍前の19年(約959万人)の約半数。日本では大きな話題になったが、それは日本と中国の「スケール感」が異なるからであり、人口14億人の中国からすると、訪日できる人は多いとはいえなかった。
彼らは日本のドラッグストアや家電量販店で化粧品やクスリ、温水洗浄便座、保温ボトルなどを、文字通り「爆買い」した。これらは自身のお土産だけでなく、まだ日本に来ることができない家族や友人、同僚に頼まれた買い物でもあり、転売目的の人もかなりいた。そのため大量買いしたのだ。当時は団体客が全体の約7割、個人客が約3割で、団体ツアーの参加者が多かったという特徴もあった。
だが、それからほどなくして、自由時間が少なく、有名観光地しか行かない団体旅行ではなく、個人で自由に日本を訪問したいという中国人が急増。ビザもさらに取得しやすくなったことから、次第に、同じ商品をたくさん買うという意味の「爆買い」は減っていった。
観光庁のデータ(24年)によると、国・地域別の訪日外国人消費額のトップは中国人で全体の21.3%、金額は1兆7335億円となっている。このことから、中国人の「爆買い」は続いていると感じる人が多いのかもしれないが、その中身は変化しており、日本人が抱く「爆買い」のイメージとは異なるものになっている。
中国人観光客のニーズを捉えられなくなった日本
彼らは同じものを数十個買うのではなく、自分の好みのもの(趣味)を買ったり、体験・経験(いわゆるコト消費)にお金を使ったり、温泉旅館などの宿泊費にお金を使っているのだ。その「コト消費」も最近始まったものではなく、17年頃に始まっているので、最近の傾向ではない。
筆者の本に書いてあるが、当時から、すでに彼らは高野山で写経や座禅をしたり、北海道でスキーをしたり、東京大学(本郷)のキャンパスを歩いたり、イチゴ狩りをしたり、といったコト消費にシフトし始めていた。日本より30年、海外旅行の経験が遅れている中国人だが、遅れていたからこそキャッチアップは速く、あっという間に成熟化したのだ。
それなのに、日本人や一部の日本メディアがいまだに「爆買いは増えるか?」と考えるしまう理由のひとつは、観光地や観光施設がそうしたことを期待していると感じており、それに答える記事が求められている、と考えていることがあるだろう。春節=爆買いという言葉が脳裏に強くインプットされているため、春節がきたら、その話題に触れないわけにはいかないという固定観念だ。