中国ユーザーの琴線に触れる製品開発の遅れ
ポルシェの中国での売り上げ鈍化のもう一つの理由は、同社が中国のユーザーのニーズを満たすBEV(電池だけを使う電気自動車)の開発に大きく遅れたことだ。これはポルシェに限らず、全てのドイツの自動車メーカーに言えることだが、彼らは質の高い内燃機関の車という過去の栄光に長い間依存し続け、中国での圧倒的なBEVブームに乗り遅れた。
たとえば中国自動車工業会(CAAM)によると、24年7月には、同国で新車登録された新エネルギー車(=NEV:BEVとハイブリッド車)の数が、初めて内燃機関の車の登録数を上回った。過去においては、ドイツの自動車メーカーは内燃機関の車の強さによって、中国市場で大きな存在感を示していた。ところが新車登録される車の中でBEVとハイブリッド車の比率が増加し、内燃機関の車の比率が低下するとともに、ドイツ各社の中国事業の収益性が悪化する。
CAAMによると、24年12月にNEVの新車登録台数は159万6000台だった。これは23年12月(119万台)に比べて34.1%の増加だ。中国では、自動車メーカーの間でNEVなかでも電気自動車市場で激しい価格競争が起きている。
中国では政府補助金のために、BEVの価格はしばしば内燃機関の車よりも低くなっている。国や地方自治体は補助金以外の方法でもBEVを後押ししている。
たとえば北京市では、内燃機関の車を買う場合に、ナンバープレートを受け取るには、くじ引きで当たらなくてはならない。しかしBEVについては、くじ引きなしで新車として登録することができる。これも地方自治体によるBEVへの援護射撃である。
もう一つ、ドイツの車が中国製の車に対して不利な点がある。それは、ドイツのメーカーが長年にわたり、中国の消費者の心をくすぐるギミックを無視してきたことだ。
たとえば中国のBEVの中には、カラオケ設備や冷蔵庫、座席に内蔵されたマッサージ器などを装備している物もある。またBYDのあるスポーツカーは、走行中に障害物を飛び越える機能を持っている。
ドイツの自動車メーカーは、こうしたギミックをあまり提供していない。その理由は、ドイツなど欧州のユーザーが車に最も強く求めるものは燃費の良さ、馬力、操縦性、長時間運転しても疲れない快適さだからだ。
筆者はこの国で34年間車を運転している。しかしドイツのメーカーが、車載カラオケ設備や、車が障害物を飛び越える機能を提供したという話は聞いたことがない。車が好きなドイツ人たちと話しても、そのようなギミックに関心を持つ人に会ったことがない。
ドイツ人が関心を持つ随伴的機能と言えば、せいぜい、冬に遠隔操作で車の暖房のスイッチを入れて、ガラスについた氷や雪を溶かす装置(シュタントハイツゥング)や、冬にハンドルが暖かくなる装置くらいだ。車をめぐる話題の中心は、相変わらず燃費だ。BEVについて懐疑的な意見を持つドイツ人は少なくない。
中国は、米国と並んでコネクテッド・カーや自動運転などモビリティのデジタル化が世界で最も進んでいる国の一つだ。しかしドイツのメーカーは、コネクテッド・カーや自動運転技術の開発で、中国と米国の後塵を拝している。
ここには、中国とドイツの消費者のメンタリティーの違いが反映している。だがこのメンタリティーの違いが、中国市場に合わせた新機軸の開発、戦略の転換の遅れにつながったことは事実である。
ポルシェの車にそっくりの中国製スポーツカー(BEV)も現れた。中国のスマートフォンメーカーであるシャオミ(小米)が24年3月に発売したSU7の外観は、ポルシェ・タイカンに酷似している。
SU7を試乗した人によると、ポルシェ・タイカンに劣らない加速を見せたという。これならば、「あえてドイツの高級スポーツカーを買わなくても、中国製の電動スポーツカーで十分だ」と考えるユーザーが増えても不思議ではない。