国際政治の裏側にスパイあり
最後は『世界を変えたスパイたち ソ連崩壊とプーチン報復の真相』(春名幹男著、朝日新聞出版)である。 スパイと聞くと007の映画を見るようなイメージを持ってしまいがちだが、本書では国家対国家の関係の中で、政治的思惑や経済的利権など多くの事柄を大国がいかに自国に有利に運ぶかを、スパイを通じて実現していく様子が描かれる。 ベテランジャーナリストが長年の取材経験をもとに解説した。
かつて米ソ冷戦時代、アメリカにレーガン大統領、フランスにミッテラン大統領がいた時期があった。レーガンは反ソ連の保守派、ミッテランは穏健な社会主義者で、イデオロギー的に対照的な立場の二人は対立すると目されていたが、実はそうでなかった。
フランスは約4000ページに及ぶソ連国家保安委員会(KGB)の秘密文書を米中央情報局(CIA)に提供したという。1981年、カナダ・オタワでの先進国首脳会議(サミット)で初対面する両首脳が談笑する写真が発表されたが、その笑顔の背後に秘密情報の提供という大きなやりとりがあったという。
本書ではこうした大国間での情報戦の様子が綿密な取材をもとに描かれる。そこで暗躍するのがスパイであるが、目立たぬように長期に継続して情報を得て、相手方に提供する。地味な姿が逆に印象的である。
フランスにリクルートされた旧ソ連のスパイが、秘密工作部局の情報をフランス情報機関に渡し続けた様子が本書で描かれるが、文書の受け渡しに細心の注意を払うなど、映画やドラマで描かれるスパイのイメージとは対極にあるといっていい。
冷戦終結を経てソ連はロシアへと代わり、プーチン大統領が生まれる。KGB出身のプーチンはその手法を存分に使って権力基盤の構築を図る。著者はこう記す。
実際にプーチン率いるロシアと、欧米に代表される西側諸国とのこれまでの関係性を振り返ってみても、この見方が外れていないことが見て取れる。
現在ウクライナ戦争を巡って米露の間で停戦に向けた調整の動きが出ているが、 この背後にもスパイが暗躍している可能性は大きい。歴史的な経緯を踏まえても、 米露が何らかの交渉するにあたって双方のスパイ情報が大きな役割を果たしているであろうことは容易に想像がつく。
まさに国際政治の裏側にスパイありのイメージである。本書は、そうした動きの一端を垣間見せてくれる力作である。
以上、毛色の違う3冊を紹介したが、時節の関心に合わせて読んでみてはいかがだろうか。