山本:普段選手から「何のためにこの練習をやるんですか?」という質問は出てくるのですか?
原:そうですね。練習の時には、最後に「400メートルを10本」など、具体的なメニューを伝えますが、その前段階として、まずは今日のトレーニングの目的を説明します。それは1年の流れの中で、「今はこのタイミングだからこういう目的のための練習だ」とまずは理解してもらいます。最終の目標から逆算思考をして一つひとつの練習の目的を理解するんです。
山本:なるほど。今の原監督のお話を聞いていると、駅伝で強くなる以上にもっと先の未来にも役立つことにつながっているように思えます。陸上という競技を通して、人生を生きる上での大切な考え方を選手たちも身に付けているのではないでしょうか。
原:おっしゃる通りです。先ほどもお話ししたように、社会は大きく変わっているのに、教員は変わってないわけでしょ。正解が分からない時代になっている。正解が分からないならもうチャレンジしかないんですよ。そして失敗からしか学べないんです。五感で感じてトライアル・アンド・エラーを繰り返すしかない。チャレンジする文化が必要なんです。
インプットの質がアウトプットを変える
教育とスポーツに共通する指導の極意
山本:今、学校では探究学習という授業があります。子どもたちは好きなことを探究する時間ですが、多くの教員は自分の苦手な分野には触れたがらないんです。指導者として「分からない」と生徒に言いづらい気持ちがあるんでしょうね。でも、原監督のご著書を拝読して、僕と近いなと感じたのは、「分からない」を認めて、生徒に聞くことを厭わない姿勢です。
例えば、動画編集が得意な生徒がいて、その子が先生役になり、教員に教えたことがありました。得意なことを人に教えることで、本人のインプットもさらに増え、アウトプットもうまくなるんですよね。
原:そうですね。先日、部の全体ミーティングがありました。箱根駅伝まで2カ月を切ったタイミングで、ルールを再確認しようとなったんですよ。例えば、いつまでに登録メンバー16名の選手を決め、メンバー変更は何日前まで何名まで許されるのか。1区や2区の距離なども。でも、当事者である選手たちは意外とルールを詳しく知らないことがあるんです。これまでは、指導者である私がその内容をレクチャーしていたのですが、今回は学生にプレゼンを任せることにしました。
山本:プレゼンをするためには事前にたくさんインプットして、それを伝える練習が必要ですね。
原:そうなんです。部内の選考メカニズムも含めてプレゼンを通して学ぶことで、選手たちにも計画性が生まれるんです。また、人に何かを伝えるためには、アウトプットする何倍ものインプットが必要なことも実感したようです。インプットが足りなければ、相手に説明ができないんです。こういう仕掛けこそが本物の教育だと思うんです。
今は陸上競技を通じて行っていますが、社会に出た後、全く異なる分野でもこういった思考が活きていくという話をしました。
ちなみに、毎年1月に広島で開催される全国都道府県対抗男子駅伝競走大会で、ラジオ解説をしています。ラジオは数秒でも沈黙があれば放送事故になってしまうので、実況のアナウンサーとずっと話をしなければいけません。そのため、約2時間半の放送に向けて、有力選手や監督へのインタビューなど、膨大な量の情報をインプットしています。でも、放送時間内にアウトプットできるのは1~2割程度ですよ。
山本:学校でも授業が上手な先生は膨大なインプットをして準備しますが、実際に授業でアウトプットするのはその一部だけです。一方で、経験が浅い先生は、準備したものをすべてアウトプットしようとしてしまう傾向があります。