山本:僕の「教えない授業」でも、実は準備にたくさん時間をかけています。生徒がどんなことに疑問を持つか、どんなところにつまずくかなど、さまざまな可能性を考えて準備します。「教えない授業」と言いつつも、実際は教える前提で授業の準備に時間を費やしているんですよ。そこはよく勘違いされがちなんです。
「結果」ではなく「成長」を価値づける
教育とスポーツに共通するプロセスの重要性
山本:原監督の場合、大会で結果を残すこと、つまり勝利を求められるのに対し、学校の場合は進学実績などの結果も求められながらも、学びの過程が重視されるべきだと考えています。子どもたちに「結果がすべてだ」と伝えると、結果に届かないと思った時点で諦めてしまう子が多いんです。だからこそ、1日、1日のその時々にポジティブな選択ができたことを価値づけてあげることが、自律を育て、成長するための基本だと思うんです。
例えば、朝きちんと起きられた、朝ご飯を食べられた、授業中寝ずに集中できた、といった日常の小さな選択を自分で価値づける。そして、それを1日、3日、1週間、1学期と続けていくことが成長につながる。その成長こそが大事なんだよ、と生徒たちには伝えています。その積み重ねがなければ、その先にある成功はない、と強調しています。
原:そのポジティブな選択は、陸上で言えば「練習」で、その日の練習をどのようなモチベーションで取り組むかが重要です。それができないと大きな目標は達成できないし、勝つことだってできない。まずは、日々の取り組みに目を向けさせることが大事だと思っています。
山本:一見すると、学校教育と勝負の世界は違うように見えますけど、決して「結果だけを重視する」というわけではないのですね。
原:まったく同じだと思います。プロセスを無視して、結果ばかりを追い求めると、結局中身のない集団になってしまいます。私は、結果が悪かったといって叱り飛ばすことはほぼありません。箱根駅伝で優勝すれば当然喜びますが、たとえ負けたとしても「君たちがやってきた1年間の成果がこれだね」と伝えるくらいです。負けた時には「何が足りなかったのか」を部員たちで検証し、プロセスを丁寧に積み上げていきます。
勝負事には時の運もあれば、ピーキングが合わないこともあります。それよりも、箱根で勝とうが負けようが、一生懸命努力し、後悔なくやり切ったことが大切なんです。ゴールテープを切る時に、5番手ぐらいの選手が謝るようにゴールする姿を目にすることがありますが、うちでは最下位でも笑顔でガッツポーズをしてゴールするように、と決めています。悪いことをしているわけではないので、堂々と振る舞えば良いんです。
山本:それこそが、成功者のイメージです。学校教育でも、例えば受験を例にすると、東大を目指して日々努力を続けても受からないことがあります。一方で、多少手抜きをしても受かってしまう生徒もいる。どちらが人生における成功者かと言えば、僕は日々努力するプロセスを繰り返した生徒だと思うんです。努力を重ねれば必ず「成長」が手に入る。その「成長」をたくさん手にしたものが成功者だと、日々の選択を価値づければ、カンニングやズルをして結果を手に入れることがいかに馬鹿げているかに気づくわけです。
原:全く同感です。道徳観を抜きにしてすべての物語は語れませんし、ズルをしてまで勝つ必要はないと思います。私が大学で担当する授業の最後のテストを「テスト」とは呼びません。「テスト、テストと言ったら君たちのプレッシャーになるし、今までの偏差値教育と同じだからテストじゃなくて『振り返り』と表現する」と言っています。唯一のルールは、「他人の解答を見ないこと」。それ以外は、インターネットやノート、テキストを見ても良いことにしています。授業全体を振り返り、最後のまとめを自分ですることが重要だと考えるからです。
山本:テストではなく「振り返り」と表現を変えるのはいいですね。使う言葉はやはり非常に大事だと思います。僕も、新渡戸文化学園の学校改革では学期末考査を「アウトプットテスト」と名づけて、学期の学びを自分の言葉で表現する場に変えました。「何を学んだか」を自分の言葉でアウトプットすることは学びを単なる暗記に終わらせないために重要です。