2025年5月13日(火)

プーチンのロシア

2025年5月8日

 もちろん、ロシアで民主的な価値観が浸透し、独裁者スターリンへの拒絶反応が支配的になれば、「スターリングラード」という語もより一層タブーになることが考えられる。今回、プーチン政権が空港名としてスターリングラードを復活させたということは、強権的な現体制の下では独裁者スターリンも全否定はされていないことを示唆する。それでも、プーチン大統領は必ずしもソ連復古路線をごり押ししているわけではなく、意外と社会の空気を読みながら慎重に振る舞っているということは、注目していい。

街が「スターリングラード」に改名される可能性は?

 問題は、やはり街自体の名前をスターリングラードに戻すことの是非である。プーチン大統領は、「それを検討することに反対はしない。ただ、決めるのは市の住民たちだ」と述べ、住民投票に委ねる立場を示している。

 プーチン政権が、街自体の名前をスターリングラードに戻すことに慎重姿勢をとっているのは、国民の間に反対意見が根強いからである。やや古いが、2013年2月にレバダ・センターが実施したロシア全国意識調査によれば、ボルゴグラードという現名称を維持すべきだという意見が55%、スターリングラードに戻すべきだという意見が23%、さらに古いツァリーツィンに戻すべきだという意見が6%だった。直近では、ウクライナでの軍事作戦や戦勝80周年で愛国ムードが高まり、改名賛成論が若干高まっている可能性もあるが、反対論の方が多数派である構図はおそらく変わっていないだろう。

 地元で改名熱が高いわけでもない。2023年1月に全ロシア世論調査センターがボルゴグラード市民を対象に実施したアンケート調査では、スターリングラードへの改名に賛成するという回答者が26%、反対するという回答者が67%だった。

 反対の理由としては、「市の財政に余計な出費が生じる」(全回答者に占める比率21%)、「意味がない」(12%)、「過去に生きるべきではない」(11%)、「スターリンを思い起こさせる」(7%)、「ボルガ河畔を意味するボルゴグラードという名前が美しく気に入っている」(6%)、「今の名前に慣れている」(6%)などが多かった。

 政治評論家のアンドレイ・セレンコ氏は、プーチン政権が進めている愛国的イデオロギーの構築において、「スターリングラード」が中核的位置を占めていることは間違いないが、今回決定されたのが空港の改名だったことは、政権が街の改名にまではまだ踏み切れないことを物語っていると指摘している。その上で政権側は、空港の改称という今回の決定に対する住民の反応を見極めようとしているというのが、セレンコ氏の見解である。

 別の政治評論家、ミハイル・ビノグラードフ氏は、「今のところ、ボルゴグラード市の改名問題は、毎年の年中行事のようなものである。政治的な必要性は特にないし、地元にも熱意はない」と、より慎重な見方を示している。

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