2025年5月13日(火)

インドから見た世界のリアル

2025年5月9日

 一方、パキスタンには金がない。パキスタンは、中国に対する多額の債務、大洪水の被害などで、経済的に困窮している。債務を何とかするために、さらに中国や中東諸国に金を借りている状態だ。

 それに、そもそも、インドとパキスタンでは戦力に差がありすぎる。ストックホルム国際平和研究所のデータによれば、インドの軍事支出は、パキスタンの9倍である。文字通り「血の一滴まで復讐」すれば、パキスタンだけがなくなってしまうだろう。つまり、印パ双方が戦争の拡大を望んでいない。

 さらに、印パ両国が、このような問題に直面するのは、初めてではない。過去に何度も同様の事態を経験し、そのたびに、ほどほどのところで事態を収拾してきた。取引の相場観のようなものがそこにはある。

 印パは双方についてよく知っており、駆け引きにも強い。タクシーに乗るにも値段交渉するような国々であるため、駆け引きに関しては、洗練された技術を有する。そのため、印パ双方が戦争を望んでいないようなときには、実際に戦争になり難いのである。

 実は、日本でも、これは理解できるものだ。米ソ冷戦時代、日本とソ連の間でも、海上自衛隊とソ連海軍が遭遇することは多々あった。特に1980年代以後は、オホーツク海に配備された核ミサイルを搭載したソ連の潜水艦を懸念する状況になり、アメリカが日本に、ウラジオストクとオホーツク海の間を、3つの海峡、宗谷海峡・津軽海峡・対馬海峡を通って移動する、ソ連の潜水艦の監視を期待するようになって、日本の海上自衛隊とソ連海軍は、より頻繁に遭遇するようになった。

危機を繰り返すという「安定」

 そのように頻繁に遭遇すると、だんだん、どのようにふるまうか、相場観のようなものが出来上がっていき、エスカレーションが置き難くなる。印パ間でも、時々、激しい怒りが盛り上がるが、ほどなくして、冷静な駆け引きになっていくのである。

 パキスタンが、核兵器を保有し、カシミールにおけるテロ活動を支援するようになったのは1980年代末であるが、それ以降だけみても、90年の核危機、99年のカルギル危機(またはカルギル戦争)、01~02年のパラカラム作戦、08年のムンバイ同時多発テロ後の危機、さらには16年と19年にも、テロ事件、戦闘が繰り返されてきた。その都度、情勢は緊迫したが、結局は収まるのである。

 その原因は、印パ双方がエスカレーションを望んでおらず、しかも、相手をよく知っていて駆け引きの相場観も一定程度確立しているからである。今回も、パキスタンが報復攻撃し、危機をしばらく継続させる可能性があるが、最終的に求めているのは、戦争の拡大よりも、印パ両方が「勝利宣言」できる、メンツの立つ落としどころだろう。

 もし、まだ4月22日のテロ事件の実行犯が殺害されていないのならば、モディ首相が「地の果てまで追う」と宣言している以上、インドは追いかけるだろう。ただそれは、インドの情報機関、研究分析局による暗殺になるだろうから、印パ核戦争の危機とは違った様相になる。

 だから、今回の危機も、また、ほどなくして緊張が収まっていくものと思われ、そしてしばらくして、また危機が訪れ、それを繰り返すものと思われる。そういう意味で、印パ間は安定した関係といえるのである。

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