ネタニヤフ氏は追い詰められていた。最新の世論調査では、来年に予定されている総選挙が今行われれば、敗北するのは決定的というデータが出ていたからだ。パレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスとの戦いを激化させているものの、ハマスの壊滅を成し遂げることはできず、かといって人質も解放させるに至ってはいない。
1月に発効した停戦は3月初めに切れたが、無差別攻撃でいたずらに死傷者が増えるだけ。一昨年の10月以来のパレスチナ側の死者は5万5000人を超え、3月以降だけでも4000人を超える犠牲者が出ている。
ガザの建物は破壊し尽され、「何のための戦争か、もはやその目的が分からなくなっている」(識者)。戦争を続けることでしか政権の維持をできないのが現状だ。
国内の反発に加えて、欧州各国などからのイスラエル非難は高まる一方。英国、ノルウエー、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国はガザ攻撃を主張しているネタニヤフ政権の極右2閣僚に対する制裁を発表した。17日からはフランスとサウジアラビアがパレスチナ問題の平和解決を目指した国際会議を共済する計画だ。
イラン核開発を止めたレガシーを狙う
追い詰められたネタニヤフ氏はこうした非難の矛先をそらし、自らの政治生命を延命させるための賭けに踏み切った。「新たな危機を作り出し、その危機を“人質”に取って形成を逆転させる」(ベイルート筋)大博打だ。それがイランの核施設への攻撃だった。
ネタニヤフ氏は長年イランとの全面戦争を回避し、破壊工作や科学者の暗殺などの「影の戦争」で核開発を遅らせようと腐心してきた。昨年の2度にわたった攻撃でも、精密誘導ミサイルで防空網や軍事基地だけを狙い、核施設や軍幹部らを標的にするのは避けてきた。
しかし、ガザ戦争の拡大攻撃で、イラン最大の「前方部隊」だったレバノンのシーア派組織ヒズボラを猛爆撃、指導者のナスララ師を殺害するなど組織に壊滅的な打撃を与えた。適性国であった隣国シリアで昨年末、アサド政権が崩壊し、イラン革命防衛隊がシリアから退去した。イスラエルにとっての軍事的な憂いが消失することになった。
ネタニヤフ氏の決断を速めたのは、イランの防空網が再建されてしまうとの危機感だった。イランの防空網であるロシア製の「S300対空レーダーシステム」は昨年の4月と10月のイスラエルによる攻撃で破壊された。しかし、その後修理が進み、完成に近づいたとの観測が絶えなかった。
このまま事態が鎮静化すれば、ネタニヤフ氏は「イランの核開発を阻止した男」として、そのレガシーを武器に圧倒的な優位に立って総選挙に臨むことが可能だ。ネタニヤフ氏の政敵であるガンツ元国防相は「政治指導部の下に結集しなければならない」と発言、イラン攻撃に賛同せざるを得なくなった。
