3. 法務・財務・税務面における初期的アセスメント
プレ・ディールのフェーズでは、法務、財務、税務に関する潜在的な課題を早期に見極めることが不可欠である。なぜならば、これらのアセスメントによる結果がディールの実現可能性とタイムラインに大きな影響を与えるからである。
法規制に関する課題の多くは、Deal Intelligenceで事前に確認されるべきものであるが、前稿では特に解説しなかったので、以下にポイントをまとめる。
- 外資出資比率の制限=セクターごとに外資の出資比率に上限が設けられている場合がある。
- 政策・規制方針の変更=特定業種における政策や規制方針、ライセンスおよび許認可に関する要件が頻繁に変更されることがある。
- チェンジ・オブ・コントロール時の従業員対応義務=M&Aによって経営権の移転が生じる場合、現行法に基づき、従業員に対し退職金、功労金、その他の補償を支払う義務が発生することがある(義務がなくとも退職金を支払う慣行がある場合も多い)。
財務に関する課題は、特に監査を受けていない財務情報の信頼性に対する懸念として現れることが多い。具体的には、以下の問題が散見される。
- 会計・財務報告機能の未整備、含・内部監査やコンプライアンス体制、内部統制の脆弱さ。
- 会計上の誤謬や非GAAP(米国会計基準以外の一般的な会計原則)ベースでの処理の存在。
- 現金主義に基づく会計処理、ならびに引当や余剰金の不足。
- 取引記録や証憑の不備または不足。
- 複数の会計帳簿の併用(実態と異なる帳簿の存在)。
これらの問題は、企業価値評価の正確性を損なうだけでなく、買収後の統合プロセスにおいても大きなリスクとなり得るので要注意である。
税務コンプライアンスに関する初期的アセスメントは下記となる。
- 税務調査の一貫性の欠如=税務当局との間で一貫性を欠くケースが散見される。
- 税金の未払いや過少申告=複数の会計帳簿の使用に起因する法人所得税の未払いや過少申告が起こり得る。
- 簿外取引の存在=透明性の欠如につながる。
- 源泉税等の納税義務=売主が非居住者である場合、買主または対象会社が源泉税等の納税義務を負う可能性がある。
ここまでプレ・ディール戦略のコアとなる3つのポイントについて解説してきた。これらの作業や、売り手との折衝を通じて、晴れてNBOを提出できるのである。「出物」ではなかった相手に対し、事業計画の共創や、価格や支配権の交渉を通じてNBOを提出できる意義は非常に大きい。自社の目指すゴールに対し、それを可能ならしめる相手を逆指名し、その相手に対してNBO提出まで漕ぎ着けるのはScheduled型M&Aの醍醐味なのである。
しかし、NBOの提出がディールのクローズではない。これからフルスコープのデュー・ディリジェンスを行い、売買契約書や株主間協定を締結する本格交渉が待っている。その結果としてディールがクローズしないことも十分ありうるが、条件が折り合えないからといって、自社のゴールを曲げるような安易な合意をしてはいけない。未来への選択は決して譲るべきではなく、断腸の思いはあっても一旦Deal Intelligenceのフェーズに戻り、次のターゲットとの間でM&A発生の蓋然性を再設計するという、愚直な作業を続けるのみである。
海外駐在員の任期は短い。しかし前回と今回の稿で示したScheduled型M&AのPDCAを回すことで、全社の高い共感性の中でM&Aの推進ができ、担当者の異動による検討の分断を防ぐことができるのである。
さて次回はこの論考の締めくくりとして買収後の統合作業(PMI:Post Merger Integration)について取り上げる。苦労して買収や提携関係を築いても、PMIに失敗して減損を出すような事態に陥っては元も子もない。日系企業がPMIに苦労をし、時としてその成果を出せないのは何かを解説したい。
To Be Continuedである。
