2025年12月5日(金)

革新するASEAN

2025年8月27日

PMIの本質と日本企業の課題

 欧米企業がトップダウンで進駐軍のように乗り込むのとは対照的に、日本企業にありがちな罠は、「曖昧に任せる」ことでPMIが迷走することだ。本社は「現地に任せる」と言い、現地は「本社から指示が来ない」と困惑する。日本の企業では、明確なジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を提示する慣行が一般的ではない。この曖昧さがPMIに持ち込まれると、現地経営陣は「指示が不明確だ」と不満を募らせる。一方で、彼らが良かれと思って独自に動くと、日本企業側は「意図に反して暴走した」と誤解するような不幸なミスマッチが発生することもある。結果としてキーパーソンが離脱し、残った社員も「面従腹背」となる。

買収時に行うDDは、単なる「お買い物チェック」ではない。DDで経営体制や人材構造を把握し、それをPMI設計に直結させる。DDはPMIの準備工程にほかならない。逆指名型M&Aの強みはまさにここにある。逆指名してコミュニケーションを積み重ねた相手だからこそ、早い段階からPMIを練り込める。シナジー実現の道筋、バリュエーション、売買契約や株主間協定の契約など、すべての工程がPMIへとつながっていく。換言すれば、Scheduled型M&AとはPMIを前提にしたM&Aということなのだ。

経営人材派遣の重要性:日本企業の最大の弱点

さて、M&AにおけるPMIの重要性が叫ばれるようになって久しい。実際、PMIを解説した書籍やセミナーも多い。しかしPMIの実践はそう簡単ではなく、いまだに苦労している企業は多い。なぜならPMIを動かすのは制度でもシステムやマニュアルでもなく、派遣される経営人材であり、その経営能力に大きく依存するからである。日本企業は優秀なサラリーマンを量産してきた。与えられた役割を忠実にこなし、期限通りに成果を出す。だが、その過程で「買収先を経営できる人材」を育ててきただろうか、という日本型の経営システムに対する根源的な問いがある。

経営スキルとは、顧客・取引先・金融機関・従業員・株主という、相反するステークホルダーの利害を調整し、その中で企業価値を最大化する能力である。営業の達人も、経理のプロも、企業にとっては重要なタレントではあるが、それだけでは経営者になれない。日本の人事制度は、ゼネラリストを生み出すジョブローテーションで構築されてきた。広く浅く経験を積ませ、組織内の合意形成に長けた管理職を育てる。しかし経営とは、各ステークホルダーとの対峙の中で矛盾を抱え込みつつ、企業価値を最大化する行為である。そして所属する企業の従業員の人生を背負う、覚悟と胆力も求められる。

日系企業によくあるのが、M&Aの企画・クロージングまでは経営企画部門が担当し、クローズ後にM&Aに全く関与していないセクションから、年齢や将来のキャリアパスのみを基準に、買収先の経営者に相応しい人材を人選するケースである。これまでの業務ラインで素晴らしい能力を発揮し、人望も厚い人物を「買収先の経営を経験して箔をつけてきてもらおう」という“親心”という面もある。

しかし、「キャリア上の都合」や「国際経験を積ませる」名目で送り込まれた人材に、PMIという修羅場を乗り越えることはできるのだろうか?買収先のステークホルダーの利害調整の先に企業価値を上昇させ、従業員の人生にコミットできるのだろうか?


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