PMI成功への処方箋
この根源的な問いに対する唯一の解は、M&Aの企画段階から関わってきた人材を派遣することだ。自社の成長戦略の立案に関与し、Deal Intelligenceを駆使してターゲットを選定し、シナジー実現のための事業計画をターゲットと膝詰めで議論し、そしてバリュエーションやDDの修羅場をくぐり抜けた人材。案件の文脈を知り尽くし、シナジーの実現への勘所を有し、そしてターゲット側の人材との信頼関係が構築されている人物。過去三回のここでの寄稿で解説し、再びここでも紹介するが、「Scheduled M&A戦略において回すべきPDCA」を実践・熟知した人材こそが、PMIの現場を率いるべきなのである。社内の事情で「偉くなるべき人」を要職に就けることは構わないが、PMIの実践という経営スキルを要する職務には、このような経験とスキルを持った人材を充てることが最もふさわしいと言える。
PMIを人材育成の場に
私はこれまでの寄稿で、M&Aを「偶然の出物待ち」に委ねるのではなく、Scheduled型M&Aとして戦略起点で設計し、PDCAを回すアプローチを提唱してきた。投資銀行やアドバイザリー会社などで多くのM&A実務家が漠然と感じていたこのアイディアを私は言葉にし、プロセスに落とし込んだつもりだ。そして、そのScheduled型M&Aの真価が問われるのは、契約書にサインした瞬間ではない。PMIという日常をいかに乗り越えるかにこそ、すべての努力の帰結がある。
M&Aの失敗は、単一の原因で起こるものではない。戦略の甘さから始まり、DDの不備、そして何よりもPMIにおける経営能力の欠如が、複雑に絡み合い、買収の成功を阻む。M&Aを真の成長エンジンとするためには、これらの要因を深く理解し、計画段階からPMIに至るまで、一貫した戦略と適切な人材配置を徹底することが不可欠なのである。
M&Aの勝敗は「買う力」ではなく「育てる力」で決まる。そしてその育てる力の核心は、人材をどう育て、どう現場に送り込めるかに尽きる。結婚式がゴールではないように、M&Aも契約がゴールではない。幸せな結婚生活を築けるかどうかは、PMIという日常に立たされた経営人材の肩にかかっている。
PMIは統合作業にとどまらない。自社の経営人材を育てる修練場である。買収先に任せきりにするのではなく、自社の人材を送り込み、経営スキルを磨かせる。矛盾を抱え込み、利害を調整し、価値を生み出す力を養う場にする。M&Aは、「経営人材を生み出す装置」として改めて捉え直されるべきであろう。M&Aの真のシナジーは、買収先から得られる収益だけでなく、自社が送り出す人材の成長にこそある。Scheduled M&A戦略により、日本企業が「優秀なサラリーマンの宝庫」から「経営者輩出のシステム」へとのパラダイムシフトを起こすタイミングに来ている。

