閉鎖に追い込まれる地方のミニ放送局
その代表的な例が、公共ラジオ放送「NPR」と公共テレビ放送「PBS」の二つだった。
各州の市町村では早くから、コンテンツにばらつきのある零細ラジオ局が点在していたが、1967年、ジョンソン民主党大統領の肝いりで政府支援の「公共放送機構」(CPB)が誕生、その傘下で「NPR」「PBS」がそれぞれ全米ネットワークを構築して本格スタートした。その際、大統領は演説で「国民はモノづくりに励み、価値ある放送で知的レベルの向上をめざす」とその意義を強調した。
両放送システムは、コマーシャルは一切入れず、内容もニュース、各種教養番組、音楽、地方の文化イベント紹介から自治体の事業、天気予報に至るまで多岐にわたり、どの民営局も及ばないグレードの高さで支持者を集めてきた。
とくに「NPR」は、衛星システム化して以来、全米各州のすみずみに番組が届けられるようになり、その後はローカル会員局数1200局、聴取者2000万人を擁する米国最大の非営利放送網にまで成長し、今日に至っている。
「PBS」も、コマーシャル抜きでバラエティに富んだニュースや教養番組を視聴者に提供してきた。中でも、児童向けの「セサミー・ストリート」は高い視聴率を重ね、「NHK」など多くの海外放送局でも放送され、登場キャラクターは世界の子供たちのアイドルともなった。
ところが、トランプ大統領は1月就任以来、「両放送局のいずれも、思想的にリベラルすぎる」として、批判を繰り返し、大統領の意向を受けた連邦議会が去る7月17日、両放送局の母体である「CPB」への助成金(12億ドル)打ち切り法案を成立させたことから、その波紋が広がり始めている。
とくに助成金の大半は、番組制作スタッフの人件費、スタジオ設営コストなど自前でやりくりできない地方のミニ放送局に割り振られてきたが、今回の政府の措置により、財政難から多くの局が年内にも閉鎖に追い込まれるのは避けられなくなってきたからだ。
住民が接触を失う「緊急避難情報」
カリフォルニア州北部海岸沿いのメンドシーノ郡(人口8万人)にある「NPR」系列ラジオ局「KZYX」。開局以来30年以上になるが、最も至近の大都市であるサンフランシスコからでも400キロ以上離れた遠隔地にあるため、住民は主要局の番組にはアクセスできず、全国ニュースなど重要な情報はもっぱら「KZYX」に頼って来た。
しかし、同局は最近、「CPB」経由の助成金が打ち切られ、運営予算全体の25%にあたる17万4000ドルもの減収を余儀なくされ、急遽、ニュース部門の閉鎖と担当課長の解職に追い込まれた。
ジェネラル・マネジャーによると、今後はさらなる予算の切り詰めにより、いまだにインターネット、スマートフォンの利用ができない地元住民たちの多くが、火災、地震、津波情報などの人命にかかわる重要ニュースから遠ざけられることも懸念されるという。
同じ太平洋岸でサンフランシスコとロサンゼルスの中間に位置するサンルイス・オビスポ町(人口4万6000人)で50年近く放送を続けてきた「KCBX」の場合も事態は深刻だ。これまで緊急避難を擁する自然災害発生の場合、住民にとって同局の臨時ニュースが唯一の頼りだった。
このため、今回、トランプ政権による助成打ち切り方針の一報が伝わると、影響の深刻さを心配した町長はじめ商工会幹部がただちに、連邦議会の有力議員たちに接触し、「KCBX」への助成金継続を働きかけたが、結果的に徒労に終わり、毎年24万ドルの支援を失うことになった。
